2008/05/20

Newtonの2060年予測という5年前のネタ

かなり流行から時間が流れてしまったネタ「Newton 2060」について。なんか、古いネタが再登場しているらしい[これとかこれ]ので取り上げてみる。

流行したのは2003年2月下旬のことで、2008年5月時点でも残っている記事には以下のようなものがある:

この流行から5年もたっているので、今では、内容は既に整理されている。

University of King’s Collegeの科学史の研究者Stephen D. Snobelenが、これについて研究記事を書いている

==>Stephen D. Snobelen: "A time and times and the dividing of time”:Isaac Newton, the Apocalypse and 2060 A.D."

これでほぼ内容確定したみたいで、wikipediaの記載は、Stephen D. Snobelenからの引用のみ:
2060 A.D.

In late February and early March of 2003, a large amount of media attention circulated around the globe regarding largely unknown and unpublished documents, evidently written by Isaac Newton, indicating that he believed the world would end no earlier than 2060 AD. The story garnered vast amounts of public interest and found its way onto the front page of several widely distributed newspapers including, The London Daily Telegraph, Canada's National Post, Israel's Maariv and Yediot Aharonot, and would also be featured in an article in the scientific journal, Nature.[5] Television and Internet stories in the following weeks would heighten the exposure and ultimately would include the production of several documentary films focused upon the topic of the 2060 prediction and some of Newton's less well known beliefs and practices. The juxtaposition of Newton, popularly seen by some as the embodiment of scientific rationality with a seemingly irrational prediction of the "end of the world", would invariably lend itself to cultural sensationalism.

2003年2月終わりから3月始めにかけて、Isaac Newtonが書いたことがわかっている、これまで広くは知られていなかった原稿について、メディアの記事が世界中をかけめぐった。この原稿は、世界がAD2060年までには終わることがないとNewtonが信じていることを示すものだった。このネタは広く関心を集めることになり、London Daily Telegraphやカナダの National PostやイスラエルのMaarivとYediot Aharonotのような主要紙の第1面をかざり、科学誌Natureでも取り上げられた[5]。翌週にはテレビやネットで取り上げられ、ついにはNewtonの2060年予言や、あまり知られていないNewtonの信仰や研究について数本のドキュメンタリーが制作されるに至った。一見不合理な予測と科学的合理性と見られる実例を並べて見せたことは、文化的センセーショナリズムを生み出した。

The two documents detailing this prediction are currently housed within the Jewish National and University Library in Jerusalem.[5] Both were believed to be written toward the end of Newton's life, in or after 1705, a time frame most notably established by the use of the full title of Sir Isaac Newton within portions of the documents. These documents do not appear to have been written with the intention of publication and that Isaac Newton expressed a strong personal dislike for individuals who provided specific dates for the Apocalypse purely for sensational value. Furthermore, Newton at no time provides a specific date for the end of the world in either of these documents.[5]

この予測を記述した2つの原稿はエルサレムのJewish National and University Libraryに収蔵されている[5]。いずれも、Newtonの生涯の晩年にかけて、1705年以降に書かれたと考えられており、時間的には、Sir Isaac Newtonの称号が確定後。これらの原稿は公開を想定して書かれたものではない。Newtonは、センセーショナルにするために黙示録の日付を特定するような人物を個人的には嫌悪していた。いずれの原稿でも、Newtonは世界の終わりの日を特定していない[5]。

To understand the reasoning behind the 2060 prediction, an understanding of Newton's theological beliefs should be taken into account, particularly his antitrinitarian beliefs and those negative views he held about the Papacy. Both of these lay essential to his calculations, which ultimately would provide the 2060 AD time frame.

2060年予測の論理を理解するには、Newtonの神学信条の理解、特に彼の反三位一体信仰および教皇制度に対する否定的見解を知っておく必要がある。この2つが彼の計算に不可欠なものとなっていて、最終的にAD2060年という時間の導出につながっている。

The first document, part of the Yahuda collection cataloged as Yahuda MS 7.3o, f. 8r., is a small letter slip on the back of which is written haphazardly the following in Newton's hand:

第1の原稿は、Yahuda MS 7.3o, f. 8r.としてカタログされているYahudaコレクションに含まれる小さな手紙の書き損じで、その裏にNewtonの手書きで行き当たりばったりに書かれたもの:
Prop. 命題

  1. The 2300 prophetick days did not commence before the rise of the little horn of the He Goat.
    預言の2300日は、神の山羊の小さな角より前には始まっていない。

  2. Those day [sic] did not commence a[f]ter the destruction of Jerusalem & ye Temple by the Romans A.[D.] 70.
    それらの日々はAD70年のローマ人によるエルサレムおよび神殿の破壊より後に始まったわけではない。

  3. The time times & half a time did not commence before the year 800 in wch the Popes supremacy commenced
    "一時期、二時期、そして半時期"は教皇の支配権が確立したAD800年以前には始まっていない。

  4. They did not commence after the re[ig]ne of Gregory the 7th. 1084
    "一時期、二時期、そして半時期"は教皇グレゴリー7世の在位期間1084年の後に始まったわけではない。

  5. The 1290 days did not commence b[e]fore the year 842.
    1290日は842年より前には始まっていない。

  6. They did not commence after the reigne of Pope Greg. 7th. 1084
    1290日は教皇グレゴリー7世の在位期間1084年の後に始まったわけではない。

  7. The diffence [sic] between the 1290 & 1335 days are a parts of the seven weeks.
    Therefore the 2300 years do not end before ye year 2132 nor after 2370.
    The time times & half time do n[o]t end before 2060 nor after [2344]
    The 1290 days do not begin [this should read: end] before 2090 nor after 1374 [sic; Newton probably means 2374]" [5]

    1290日と1335日の差は7週間の一部をなす。したがって、2300年はAD2132年以前、あるいはAD2370年以降には終わらない。"一時期、二時期、そして半時期"はAD2060年以前あるいはAD2344年以降には終わらない[5]。
2300日や1290日や1335日の出典は:
ダニエル書 / 8章 5節
これについて考えていると、見よ、西から一頭の雄山羊が全地の上を飛ぶような勢いで進んで来た。その額には際立った一本の角が生えていた。

ダニエル書 / 8章 13-14節
わたしは一人の聖なる者が語るのを聞いた。またもう一人の聖なる者がその語っている者に言った。「この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか。」
彼は続けた。「日が暮れ、夜の明けること二千三百回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。」

ダニエル書 / 12章 9-13節
彼は答えた。「ダニエルよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人々は悟る。日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日が定められている。待ち望んで千三百三十五日に至る者は、まことに幸いである。終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ち上がるであろう。」
また、"一時期、二時期、そして半時期"の出典は:
ダニエル書 / 12章 6-7節
その一人が、川の流れの上に立つ、あの麻の衣を着た人に向かって、「これらの驚くべきことはいつまで続くのでしょうか」と尋ねた。すると、川の流れの上に立つ、あの麻の衣を着た人が、左右の手を天に差し伸べ、永遠に生きるお方によってこう誓うのが聞こえた。「一時期、二時期、そして半時期たって、聖なる民の力が全く打ち砕かれると、これらの事はすべて成就する。」


ということで、Newtonの2060年な予測とは、ダニエル書の「日」を「年」として数えて、終わりの日を、幅(2060〜2344年)を持って予測したもの。

さらに、この終わりの日は破滅や人類の絶滅を意味していなかもしれない:
The second reference to the 2060 prediction can be found in a folio cataloged as Yahuda MS 7.3g, f. 13v, in which Newton writes:

2060年予測への第2の言及は、Yahuda MS 7.3g, f. 13vとしてカタログされた本に、Newtonが書いたもの:
So then the time times & half a time are 42 months or 1260 days or three years & an half, recconing twelve months to a yeare & 30 days to a month as was done in the Calendar of the primitive year. And the days of short lived Beasts being put for the years of lived [sic for “long lived”] kingdoms, the period of 1260 days, if dated from the complete conquest of the three kings A.C. 800, will end A.C. 2060. It may end later, but I see no reason for its ending sooner. This I mention not to assert when the time of the end shall be, but to put a stop to the rash conjectures of fancifull men who are frequently predicting the time of the end, & by doing so bring the sacred prophesies into discredit as often as their predictions fail. Christ comes as a thief in the night, & it is not for us to know the times & seasons which God hath put into his own breast." [5]

暦どおりに12ヶ月を1年、30日を1月とするなら、"一時期、二時期、そして半時期"は42ヶ月あるいは1260日あるいは3年半である。長く続いた王国たちの時代の後に置かれた獣の時代たる1260日の期間は、AD800年の三人の王の完全な征服から時を数えるなら、AD2060年に終わるだろう。それはもっと続くかもしれないが、私は終わりが早く来る理由を見出せない。私は、終わりがいつ来るか主張しようというのではない。終わりの時を予測し、予測がはずれることで、聖なる預言の信用を傷つける、空想にふける者による軽率な予測に、私は終止符を打というのだ。キリストは夜盗として来たり、神が胸のうちに秘めた時と季節を知るのは我々のためではない。
Clearly Newton's mathematical prediction of the end of the world is one derived from his interpretation of not only scripture, but also one based upon his theological viewpoint regarding specific chronological dates and events as he saw them.

明らかに、世界の終わりについてのNewtonの数学的予測は、聖書の解釈のみよるものではなく、Newtonから見た特定の年代と事件についてのNewton神学の観点によって導かれたものである。

Newton may not have been referring to the 2060 date as a destructive act resulting in the annihilation of the globe and its inhabitants, but rather one in which he believed the world, as he saw it, was to be replaced with a new one based upon a transition to an era of divinely inspired peace. In Christian and Islamic theology this concept is often referred to as The Second Coming of Jesus Christ and the establishment of The Kingdom of God on Earth. In a separate manuscript cataloged as Yahuda MS 7.2a, f. 31r., Isaac Newton paraphrases Revelation 21 and 22 and relates the events which follow the 2060 event by writing:

Newtonは地球とその上の居住者たち絶滅に終わる破壊的行為として、2060年という日付に言及していないかもしれない。むしろ、Newtonは彼の見るところの世界が、この上なき啓示を受けた平和の時代への移行に基づく新たなる世界によって置き換えられる日だと言っているのかもしれない。キリスト教やイスラム教の神学では、このような考えは、イエスキリストの再臨と地上での神の王国の樹立と呼ばれる。Yahuda MS 7.2a, f. 31r.としてカタログされた別の原稿では、Isaac Newtonはヨハネ黙示録21章と22章を言い換えて、2060年の現象に続いて起きる現象に関して記述している:
A new heaven & new earth. New Jerusalem comes down from heaven prepared as a Bride adorned for her husband. The marriage supper. God dwells with men wipes away all tears from their eyes, gives them of ye fountain of living water & creates all thin things new saying, It is done. The glory & felicity of the New Jerusalem is represented by a building of Gold & Gemms enlightened by the glory of God & ye Lamb & watered by ye river of Paradise on ye banks of which grows the tree of life. Into this city the kings of the earth do bring their glory & that of the nations & the saints reign for ever & ever."[5]

新しい天と新しい地。新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、神のもとを離れ、天から下って来る。神は人間の目の涙をことごとくぬぐい取ってくださり、命の水の泉を飲ませる。そして、万物を新たにする。事は成就した。新しいエルサレムの栄光と至福は、神と子羊の栄光に照らされた純金と碧玉の建物に象徴され、天国の川が流れ、その両岸には命の木がある。地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。聖者たちが永劫、これを統治する。

[5] Stephen D. Snobelen: "A time and times and the dividing of time”:Isaac Newton, the Apocalypse and 2060 A.D."
ここで、この3人の王と獣とは、ダニエル書7章の記述を指している:
ダニエル書 / 7章 17-18節
「これら四頭の大きな獣は、地上に起ころうとする四人の王である。しかし、いと高き者の聖者らが王権を受け、王国をとこしえに治めるであろう。」

ダニエル書 / 7章 23-24節
さて、その人はこう言った。「第四の獣は地上に興る第四の国/これはすべての国に異なり/全地を食らい尽くし、踏みにじり、打ち砕く。十の角はこの国に立つ十人の王/そのあとにもう一人の王が立つ。彼は十人の王と異なり、三人の王を倒す。
でもって、Newtonの記述は、ヨハネ黙示録21-22章の、新しいエルサレムに関する部分の引用である。終わりは絶滅ではなく、おそらくキリスト再臨と地上のエルサレムを指しているというのがStephen D. Snobelenの指摘。


ということで、Newtonの2060年予測は、科学の版図内ではなく神学の版図内にある。そして、それは2060年を特定するものではない。Newtonはむしろ年代の特定を嫌っていた。さらに、終わりは絶滅を意味していないかも。


なお、聖書訳には日本聖書協会新共同訳を使用した。
posted by Kumicit at 2008/05/20 00:01 | Comment(0) | TrackBack(1) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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