2008/05/24

インテリジェントデザインの父は科学について相対主義...

Publisher Weeklyの記事で、Prof. Kenneth Millerがインテリジェントデザインの危険性として相対主義を挙げている:
Sarah F. Gold: Why do you say that intelligent design is a greater threat to science than creationism was?

インテリジェントデザインが創造論よりも、科学に対して脅威となるのか?

Kenneth Miller: First, intelligent design is less easily identified as religious in nature. And second, it promotes a kind of relativistic interpretation of science. Phillip Johnson, the father of intelligent design, has said science is simply a collection of stories told by the dominant hierarchy in order to reinforce its position and privileges. The reason that’s dangerous is it undermines the reason why most people choose to go into science, and it undermines the reason why ordinary people are interested in science -- honest curiosity about the natural world.

まず、インテリジェントデザインは性質上、宗教である特定しにくい。そして、科学について、ある種の相対主義を主張している。インテリジェントデザインの父たるPhillip Johnsonは、「科学は単に、その地位と特権を強化するために、優位な階層が語る物語のコレクションにすぎない」と言っている。それが危険であるのは、多くの人々が科学へ進む理由を蝕むからである。そして、さらに普通の人々が科学に興味を持ち、自然界について正直な好奇心を持つ理由を蝕むからだ。
[The Case Against Intelligent Design (2008/04/28)]
このインテリジェントデザインの父たるPhillip Johnsonは、若い地球の創造論者の本を取り上げた記事で次のように、「科学を自然主義の偽装だ」と述べている:
The book is forthrightly based on the assumption that the Bible is the inerrant word of God, but I find no fault with any assumption that is candidly stated and honestly defended, however controversial it may be. I only wish that the rulers of science would state their precommitment to naturalism openly and defend it forthrightly, instead of hiding naturalism in the definition of “science” and then presenting as observed or experimentally tested fact conclusions that are actually derived from naturalistic philosophy.

この本は、聖書が神の無謬の言葉だという仮定に率直に基づいてる。しかし、たとえそれが論争の的であるとしても、この本で率直に述べられ、正直に擁護されている仮定に、私は誤りを見出せない。私は科学の統治者たちが、科学の定義に自然主義を隠し、観察あるいは実験的に検証された結論として、実際には自然主義哲学から導かれたものを提示するのではなく、率直に自然主義を擁護したほしいと願う。

[Phillip E. Johnson: "Grand Canyon Mystery Tour" (2004/05) in "Touchstone Leading Edge Archives" on ARN]
普通の用語では、自然主義とは科学の原則たる方法論的自然主義(自然現象の説明に超自然を召還しない)と形而上学的自然主義(超自然は存在しないという哲学)を指す。Phillip Johnson用語では、これらは区別されない。というより、方法論的自然主義を認めず、それを形而上学的自然主義(=無神論)の偽装とみなす。

ここではPhillip Johnsonのは「経験的に検証可能なものを対象とする科学」など存在しないと述べている。あるのは哲学だけだと。
このような主張を見ると、以前書いたように...
Discovery InstituteのBruce Chapman所長などのインテリジェントデザイン運動の指導者たちは、創世記の記述はもとより、神による人類創造すら信じていないかもしれない。少なくとも、それが事実かどうかは大した問題ではないと考えているのではないかという疑いがある。

[忘却からの帰還:あらためてWedge Documentを見ると (2008/04/07)]
インテリジェントデザイン運動は「文化・社会におけるダーウィニズムの打倒」を目指していて、「進化論が正しいかどうかは知ったことではない」あるいは「科学など、その背後の思想により、どうとでもなるもの」という相対主義のポジションをとっているように見えてくる。

"若い地球の創造論"が、「聖書は無謬の観察記録」という前提のもと、「創造論は科学的に正しい」という立場を主としてとっているのに対して、インテリジェントデザイン運動の主唱者は、そもそも科学を相対的なものと見ている。

つまり、インテリジェントデザイン支持者の大半は創造論を信じる(インテリジェントデザインは科学的正しい...という主張のもと創造論は正しいと思っている)人々かもしれないが、主唱者たちは、そうは考えていないかも。
タグ:id理論 DI
posted by Kumicit at 2008/05/24 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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