2009/09/07

Green Nude Revisited

ダーウィンそしてドーキンスを嫌う者たちは、右翼にも左翼にもいる。たとえば、マルキストなサイトにはこんな記述がある:
In this view, the replicator of life is the gene; thus the organism is simply the vehicle for the genes ("survival machines-robot vehicles blindly programmed to preserve the selfish molecules known as genes"…"they swarm in huge colonies, safe inside gigantic lumbering robots"). It is a recasting of Butler’s famous aphorism that a hen is simply the egg’s way of making another egg. An animal, for Dawkins, is only DNA’s way of making more DNA. He imbues the genes with certain mystical qualities which is essentially teleological.

この見方では、生命の複製者は遺伝子である。したがって、生物は遺伝子の乗り物に過ぎない。(遺伝子として知られる利己的分子を保存するように盲目的にプログラムされた乗り物にして生存機械 ... 遺伝子たちは安全な巨大な鈍重なロボット内側に巨大なコロニーをつくる)。これは「雌鶏はもう一つの卵を作らせるための卵の手段である」という Butlerの有名な警句の再演である。Dawkinsにとって動物は、さらに多くのDNAを作らせるためのDNAの手段である。Dawkinsは本質的に目的論である神秘的な性質を遺伝子に持たせる。

[lan Woods and Ted Grant: " Reason in Revolt: Marxism and Modern Science" on Defence of Marxism]
「本質的に目的論である神秘的な性質」という記述がなければ、インテリジェントデザイン運動と何ら変わらない。

まさに同様な記述をインテリジェントデザインの父たるPhillip Johnsonも書いている:
This is not only absurd but embarrassingly naive. If human nature is actually constructed by genes whose predominant quality is a ruthless selfishness, then pious lectures advocating qualities like generosity and altruism are probably just another strategy for furthering selfish interests. Ruthless predators are often moralistic in appearance, because that is how they disarm their intended victims. The genes who teach their robot vehicles not to take morality seriously, but to take advantage of fools who do, will have a decisive advantage in the Darwinian competition.

これは不合理で、その上にあまりに単純である。もし、冷酷で自分本位な遺伝子によって人間性が構築されているのなら、寛大さや利他主義を主唱する偽善的な指導も、さらなる利己的な利益を得ようとする別なる戦略でもあるのだろう。冷酷な捕食者は道義的に装う。それは狙った犠牲者たちを武装解除するためだ。遺伝子はその乗り物に道徳をまじめに受け取らず、道徳をまじめに受け取る馬鹿を利用するように教えることが、ダーウィンの競争で決定的に有利になる。

[Phillip Johnson: "The Robot Rebellion of Richard Dawkins" on Discovery Institute]
似たような主張をする者が右翼と左翼に存在する理由として、共通する考えがあるとMatt Cartmillは主張する:
Both camps believe passionately that the big truths about the world are moral truths. They view the universe in terms of good and evil, not truth and falsehood. The first question they ask about any supposed fact is whether it serves the cause of righteousness. Their notions of good and evil are different, but both see the commonplace surface of the world as a veil of illusion, obscuring the deeper moral truths behind everything that give life its meaning.

右翼と左翼はともに、世界についての大いなる真理は道徳的真理であると情熱的に信じている。彼らは善悪という言葉で宇宙を見るのであって、真偽ではない。事実と思われることについて、彼らがまず問うことは、それが正しさの原因にかなうものか否かである。彼らの善悪の定義は違っているが、両者ともに、世界の表層は幻想のベールであって、生命に意味を与える、すべての背後にある深い道徳的真理を覆い隠すものだと見ている。

...

Science, however, worries only about whether things are true and has no opinion about what they signify. In so doing, it offends both the religious right and the academic left. Both camps reject its claim to being objective and morally neutral. Because they don't think such a thing is possible, they see the pretended objectivity of science as a cover for ulterior motives.

科学は物事が真かどうかだけを問題にしていて、それが意味するところについての意見を持たない。それは、宗教右翼とアカデミック左翼の両方を怒らせる。両者はともに、客観的であるとか、道徳的に中立といった主張を拒絶する。彼らはそんなことは不可能だと考えているので、科学の装われた客観性がその下心を偽装するものだと考える。

[Matt Cartmill: "Oppressed by evolution - Christian right, multicultural left united against theory of evolution - Cover Story", Discover, March, 1998 (COPY)]
この主張を裏付けるものとして、たとえばアカデミック左翼と呼ぶべきレウォンティンがいる。彼は18世紀のブルジョア革命のイデオロギーの反映だと「生物の世界へのこのような個体中心の見方」を批判する:
自然選択による生物進化というダーウィンの理論全体は、当時のスコットランドの経済学者たちが展開していた初期資本主義の政治的、経済的な理論に、実際、異様なほどよく似ています。ダーウィンは、経済的な最適者の生き残りについて、かなりの知識を持っていました。毎日、新聞を読んで、株式投資によって生計をたてていたからです。ダーウィンがなしたことは、19世紀初めの「政治的な」経済を理解し、それを「自然の」経済すべてをふくむように拡張することでした。

[レウォンティン(川口啓明・菊池昌子訳): 遺伝子と言う神話, 大月書店, 1998], 科学は社会を反映する p.25

この還元主義とは、世界は小さなあれこれの断片に分けることができ、その断片のそれぞれには固有の特徴があり、それら断片をくみあわせるとにより大きな集合物が作りだされるという考え方です。たとえば、個体は社会を作りあげ、社会は個体の特徴の現れ以外のなにものでもありません。個体の内的な特徴が社会の原因であり、社会全体の特徴は、これらの原因の結果によるものです。生物の世界へのこのような個体中心の見方は、あらゆるものの中心に個人をおく18世紀のブルジョア革命のイデオロギーの反映にすぎません。

[レウォンティン(川口啓明・菊池昌子訳): 遺伝子と言う神話, 大月書店, 1998], 科学は社会を反映する pp.123-124
これの鏡像のように、ダーウィニズムは共産主義と同じく伝統的神を攻撃するものだというインテリジェントデザイン運動の主張がある:
Yet a little over a century ago, this cardinal idea came under wholesale attack by intellectuals drawing on the discoveries of modern science. Debunking the traditional conceptions of both God and man, thinkers such as Charles Darwin, Karl Marx, and Sigmund Freud portrayed humans not as moral and spiritual beings, but as animals or machines who inhabited a universe ruled by purely impersonal forces and whose behavior and very thoughts were dictated by the unbending forces of biology, chemistry, and environment.

一世紀少し前に、この基本的な考え方は、現代科学の発見に近づく知識人による大規模の攻撃を受けた。伝統的な神と人間の概念の両方をデバンクし、チャールス・ダーウィンやカール・マルクスおよびジーグムント・フロイトのような思想家は、人間をモラルと精神的な存在ではなく、純粋に非人格な力によって規定された宇宙に居住する動物や機械であって、その挙動とまさに思考が確固たる生物学と化学と環境に支配されていると描写した。
...
This statement highlights one of the animating concerns of Discovery Institute's Institute’s Center for Science and Culture: the worldview of scientific materialism. We. think this worldview is false; we think that the theories that gave rise to it (such. Darwinism, Marxism and Freudian psychology) are demonstrably false; and we think that these theories have had deleterious cultural consequences.

この言明はDiscovery InstituteのCenter for Science and Cultureの行動中の懸念のひとつたる科学的唯物論の世界観をハイライトしたものだ。我々はこの世界観が間違っていると考えている。我々は、好ましくない結果をもたらした、これらの理論が明らかに間違いだと考えている。我々はこれらの理論が文化的に有害な効果を与えたと考えている。

[THE WEDGE STRATEGY on Discovery Institute]


実は共通の理由で進化論を嫌っていて、進化論を敵と同一視する右翼と左翼の姿は、「ソ連で成功した画家が"緑色の裸婦"の絵を描いたことで、国を追われ、芸術を擁護するナチス政権のドイツへ逃れる。そこでも"緑色の裸婦"で国を追われ、自由の国たる米国へ逃れる。しかし...」という文庫本41頁の短編であるアーウィン・ショーの「緑色の裸婦」を思わせる。

posted by Kumicit at 2009/09/07 10:05 | Comment(0) | TrackBack(1) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/08/23

方法論的自然主義をめぐって

忘却からの帰還 ATWIKIでの過去エントリ整理で、「>方法論的自然主義・科学と神・NOMA」まわりがなんとか収集終了。ついでにwikipedia記事の現時点の和訳を創りなおした。また、これに関連して、「創造論者の主張」もCB400〜440を追加した。

方法論的自然主義(Methodological Naturalism)は科学の原則である。そして、この方法論的自然主義に基づけば、科学者が神を信じることに何らの論理矛盾も存在しない。しかし、学校理科で習うことはないようなので、知らない人も多いかも。



方法論的自然主義



方法論的自然主義(Methodological Naturalism)とは「仮説の説明および検証は自然原因および自然現象によってのみ行われる」という「方法論」であり、科学の原則となっている。ここで「自然」とは「自然法則の逸脱たる超自然ではない」という意味である。

科学の原則となっている理由は
  • 「自然法則の逸脱たる超自然」は検証不可能であること

  • 現時点で科学で説明がつかない現象が、「未知のメカニズムや観測できなかった現象などによるもの」か、「超自然の介入によるもの」かを合理的に識別する方法がないこと




方法論的自然主義





インテリジェントデザイン運動と方法論的自然主義



科学の原則たる方法論的自然主義と敵対するインテリジェントデザイン運動。理科教育に侵入するために、方法論的自然主義を容認したこともあるが、結局は敵対姿勢に。




インテリジェントデザインと超自然



インテリジェントデザイナーは超自然なのか? 哲学者Soberは「人間の心は還元不可能に複雑」という仮説を用いて、インテリジェントデザイナーは超自然であることを論理的に示した。すなわちインテリジェントデザイン理論は宗教であると。



一方、経験的事実を積み上げていくと、インテリジェントデザイナーを超自然の存在に限定できないとMassimo Pigliucciは指摘する




インテリジェントデザインと神



インテリジェントデザインは科学であって神の話ではないのか、それとも神の話なのか。




科学と神の関係



科学者であることと、自然法則を超越した神の存在を信じることの間には、原理的には、いかなる論理矛盾も存在しない。それは、科学の実行が、方法論的自然主義という手順にしたがっちるだけであって、超越的な神の存在について言及しないから。神が、いかなる能力を持っていようとも、全然問題ない。

しかし、神の仕様次第では、科学と神は敵対する。特に神の過去の業績については。


NOMA



NOMA原則とはStephen J Gouldが提唱した「科学は事実と理論という教導権を、宗教は意味と倫理価値という教導権を持ち、それらは互いに重複しない」という考え方である。



しかし、インテリジェントデザイン運動側はNOMAなどありえないと主張する。


なので、CSIのフェローでもある宇宙生物学・惑星学者David Morrisonは「神と進化論は両立する」と言うのは逆効果だと言う


posted by Kumicit at 2009/08/23 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009/02/15

インテリジェントデザイン ときどき復習

ちょっとインテリジェントデザインを復習...

インテリジェントデザイン運動は宗教保守の政治運動である



インテリジェントデザインを中心とするネオ創造論宗教アジェンダを進めるために活動する組織であり、インテリジェントデザイン運動の中心であるDiscvoery Instituteが執筆した政治および社会的行動計画が、Wedge Documentである。

このWedge Documentが描くインテリジェントデザイン運動の目的は、唯物論とその文化的遺産の転覆させることである。
THE WEDGE STRATEGY

CENTER FOR THE RENEWAL OF SCIENCE & CULTURE
DISCOVERY INSTITUTE(1999)

INTRODUCTION(イントロダクション)

The proposition that human beings are created in the image of God is one of the bedrock principles on which Western civilization was built. Its influence can be detected in most, if not all, of the West's greatest achievements, including representative democracy, human rights, free enterprise, and progress in the arts and sciences.

人間が神の形に似せて創られたという命題は、西洋文明が構築された基盤原則のひとつである。その影響は、そのすべてでないにせよ、代議制民主主義、人権、企業活動の自由や芸術および科学の発展を含む西洋の偉大な業績の多くに見られる。

Yet a little over a century ago, this cardinal idea came under wholesale attack by intellectuals drawing on the discoveries of modern science. Debunking the traditional conceptions of both God and man, thinkers such as Charles Darwin, Karl Marx, and Sigmund Freud portrayed humans not as moral and spiritual beings, but as animals or machines who inhabited a universe ruled by purely impersonal forces and whose behavior and very thoughts were dictated by the unbending forces of biology, chemistry, and environment. This materialistic conception of reality eventually infected virtually every area of our culture, from politics and economics to literature and art.

一世紀少し前に、この基本的な考え方は、現代科学の発見に近づく知識人による大規模の攻撃を受けた。伝統的な神と人間の概念の両方をデバンクし、チャールス・ダーウィンやカール・マルクスおよびジーグムント・フロイトのような思想家は、人間をモラルと精神的な存在ではなく、純粋に非人格な力によって規定された宇宙に居住する動物や機械であって、その挙動とまさに思考が確固たる生物学と化学と環境に支配されていると描写した。現実に対するこの唯物論的考え方は結局、政治家や経済から文学や芸術まで我々の文化の事実上すべてに感染した。

The cultural consequences of this triumph of materialism were devastating. Materialists denied the existence of objective moral standards, claiming that environment dictates our behavior and beliefs. Such moral relativism was uncritically adopted by much of the social sciences, and it still undergirds much of modern economics, political science, psychology and sociology.

この唯物論の勝利の文化的影響は破滅的であった。唯物論者は客観的な道徳規準の存在を否定し、我々の挙動と信念を環境が支配すると主張した。そのような道徳の相対主義は、社会科学の多くの分野で無批判に採用され、現代の経済学や政治学や心理学や社会学の多くの基盤となっている。

Materialists also undermined personal responsibility by asserting that human thoughts and behaviors are dictated by our biology and environment. The results can be seen in modern approaches to criminal justice, product liability, and welfare. In the materialist scheme of things, everyone is a victim and no one can be held accountable for his or her actions.

唯物論者はさらに、人間の思考と挙動は生物学と環境に支配されると主張することで、個人の責任感を蝕んだ。その結果は、刑事裁判や製造物責任や福祉の現代的アプローチに見て取れる。唯物論者のスキームにおいては、誰もが犠牲者であり、誰もが自らの行動に責任を持てない。

Finally, materialism spawned a virulent strain of utopianism. Thinking they could engineer the perfect society through the application of scientific knowledge, materialist reformers advocated coercive government programs that falsely promised to create heaven on earth.

最後に、唯物論は、ユートピア的理想主義の伝染力の強い菌種を大量に産み出した。科学的知識を適用することで完璧な社会を構築できると考えて、唯物論の改革論者は地上に天国を創りだすという偽りの約束をする高圧的な政府計画を主張した。

Discovery Institute's Center for the Renewal of Science and Culture seeks nothing less than the overthrow of materialism and its cultural legacies. Bringing together leading scholars from the natural sciences and those from the humanities and social sciences, the Center explores how new developments in biology, physics and cognitive science raise serious doubts about scientific materialism and have re-opened the case for a broadly theistic understanding of nature. The Center awards fellowships for original research, holds conferences, and briefs policymakers about the opportunities for life after materialism.

Discovery InstituteのCenter for the Renewal of Science and Cultureはまさに唯物論とその文化的遺産の転覆させようとしている。自然科学や人文科学および社会科学の指導的な学者たちを集めて、センターは生物学や物理学および認知科学の新しい成果を調査し、科学的唯物論についての重大な疑いを投げかけ、自然についての広い有神論的理解への扉を再び開いている。センターは、唯物論を超えた生命の可能性について、独自の研究に共同研究資金を提供し、学会を開催し、政策決定者に説明する。

...

[Wedge Document with Comment on Discovery Institute]
ここには、創世記の字義通りの解釈の擁護など見られない。打倒すべきは"唯物論"である。インテリジェントデザイン運動の言う唯物論とは、直接的な「神の存在の否定」のみならず、「神の存在に言及しない」という自然科学の原則たる"方法論的自然主義"をも含んだ概念である。


支持者は創造論を信じる人々



反ダーウィニズムを掲げるインテリジェントデザイン運動が支持者として想定するのは、当然のことながら創造論を信じる人々。

宇宙も地球も6000歳な"若い地球の創造論"が米国では、けっこう信じられている:
NBC News Poll conducted by the polling organizations of Peter Hart (D) and Bill McInturff (R). March 8-10, 2005. N=800 adults nationwide. MoE ± 3.5.

"Which do you think is more likely to actually be the explanation for the origin of human life on Earth: evolution or the biblical account of creation?" Asked of those who answered "Biblical account": "And by this do you mean that God created the world in six days and rested on the seventh as described in the Book of Genesis, or that God was a divine presence in the formation of the universe?"

地球上の人類の起源についての説明でどれが本当らしいと考えているか? 進化・創造についての聖書の記述? 聖書の記述と回答した人々に、「創世記に書かれているように、神は宇宙を6日間で創造して、7日目に休んだ」か「宇宙の形成に神が影響した」のどちらかを問うた。

%
Evolution 33 進化
Biblical account 57   聖書の記述
Created in six days 44 宇宙は6日間で創造された
Divine presence 13 神は宇宙の創造に影響した
None of the above (vol.) 3 どれでもない
Unsure 7 わからない
[via PollingReport.Com]
従って、"若い地球の創造論"を信じる人々を支持者として獲得することが不可欠である。

実際、インテリジェントデザイン運動の創始者である法学者Phillip Johnsonは創造論の同士討ちはダーウィニズムをやっつけてからにしろと言っている。
A conference on "Mere Creation" at Biola University in suburban Los Angeles brought together an unprecedented cross-disciplinary gathering of 200 men and women--mostly academics and mostly Christians--interested in building a credible origins model based on "theistic design."

ロサンゼルス郊外のBiola Universityで開かれた"純創造論"会議に、「有神論のデザイン」に基づく信じられる起源モデルを作ろうとしている、主として科学者およびキリスト教徒の200名の男女を宗旨を超えて集まった。

"This isn't really, and never has been, a debate about science," says the conference's prime mover, law professor Phillip Johnson of the University of California at Berkeley. "It's about religion and philosophy." Mr. Johnson also insists the real issue in the century-old debate isn't even about the early chapters of Genesis. "I turn instead to John 1," says the astute Presbyterian layman, "where we're told that 'In the beginning was the word.'"

「これは真に、そして絶対に、科学についての論争ではない。」と会議の第1発言者たるカリフォルニア大学バークレイ校の法学教授Phillip Johnsonは言った。「これは宗教と哲学について論争だ。」Phillip Johnsonは一世紀にわたる論争の真の議題が、創世記の始めの章についてものですらないと主張した。「代わりにヨハネによる福音書1節、『始めに言葉ありき』を挙げよう。」と長老派教会の信者(であるPhillip Johnson)は言った。

Phillip Johnson's strategy stretches like a would-be eclipse over most of the differences. "We can't afford to be shooting incessantly at each other over old-earth and young-earth disagreements," he says wherever he goes among evangelical Christians. "The real enemy is naturalistic, impersonal Darwinism that deliberately and consciously seeks to set God on the sideline of our culture." Mr. Johnson suggests there will be time enough for settling the details of creation once Darwinism has been denied its century-old dominance.

Phillip Johnsonの戦略は、ほとんどの(キリスト教の)差異にを超えて蝕の影のように伸びていく。彼は福音主義キリスト教徒の中のどこへ行っても「我々には、古い地球の創造論と若い地球の創造論の違いについて互いに撃ち合っている余裕はない。真の敵は、故意に意図的に、神を我々の文化のサイドラインの外側に追いやろうとする自然主義、非個性のダーウィニズムだ。」と言う。Johnsonは一世紀にわたるダーウィニズムの優位を打ち砕けば、創造論の細かい点について決着をつける時間はいくらでもあると示唆している。

[Witnesses for the prosecution (1996/11/30) on World Magazine]
従って、支持者獲得のためには、「宇宙も地球も6000歳で、ノアの洪水があった」という"若い地球の創造論"を否定するような主張は、インテリジェントデザイン理論には含められない。と同時に、"古い地球の創造論"と矛盾する主張も同様である。

"若い地球の創造論"および"古い地球の創造論"と互換性を持つ



まずは、"古い地球の創造論"と互換性を保つために、創世記に言及しない:
Is intelligent design theory the same as creationism?
インテリジェントデザイン理論は創造論と同じか?


... Creationism is focused on defending a literal reading of the Genesis account, usually including the creation of the earth by the Biblical God a few thousand years ago. Unlike creationism, the scientific theory of intelligent design is agnostic regarding the source of design and has no commitment to defending Genesis, the Bible or any other sacred text. ...

創造論は、聖書の神が数千年前に地球を創造したことを含む創世記の記述の字義通りの解釈の擁護にフォーカスしたものである。創造論と違って、インテリジェントデザインの科学理論はデザインのソースについて不可知論の立場をとり、創世記の擁護に関与しない。

[Questions about Intelligent Design on Disocvery Institute]
そして、両互換性のために、地球の年齢について言及しない:
Does IDEA take a position on the age of the earth?
IDEAは地球の年齢についての何らかのポジションをとっているか?


The age of the earth is not an issue related to intelligent design theory, the validity of evolutionary theory, or even to to the validity of religions, including Christianity. For this reason, IDEA finds no reason to make any statements about the age of the earth. This does not mean it is not an important question, but it is not one we address.

地球の年齢はインテリジェントデザイン理論や、進化論の妥当性、あるいはキリスト教を含む宗教の妥当性とは関係がない。この理由により、IDEAは地球の年齢について何らかの声明を出す必要性を見出せない。これは地球の年齢が重要な問題ではないという意味ではないが、我々の対象ではない。

[IDEA Center FAQ]
従って、たとえばカンブリア爆発が起きたことは認めても、いつかは特定しない:
Date: Thu, 24 Apr 2008 16:14:37 -0500
From: info@ideacenter.org
To: "Kumicit"
Subject: Re: Cambrian explosion around 530 million year ago?
Dear Sir/Madam:

The IDEA Center agrees that a Cambrian explosion occurs, but does not
speculate about when. I hope this clarifies matters for you.

IDEA Centerはカンブリア爆発が起きたことは認めるが、それがいつ起きたかは推測しない。

Best wishes,

Caroline Crocker, MSc, PhD
Executive Director IDEA Center
年代を特定できないので、カンブリア爆発が5億4200万年前から5億3000万年前に起きていても、6000年前の数時間に起きていても、構わないことしか言えない。

これでは何を言っているのかわからない。せっかく"若い地球の創造論"および"古い地球の創造論"との互換性を実現しても、両側からアフォ扱いされることになる。"古い地球の創造論"ミニストリ"Reasons To Believe"の主宰者Dr. Hugh Rossと、"若い地球の創造論"ミニストリCreation Ministries Internationalの主宰者Dr. Carl Wielandは次のように、インテリジェントデザインを評する:
When it comes to the origin of the universe, life, and humanity, scientists want history's story. They emphatically request that the story be cast in the form of a testable model. In a two-hour prime-time national television debate in 1997 between evolutionists and ID leaders, the evolutionists repeatedly asked, "Where is your model?" and never received a reply. Nine years later, evolutionists still ask the same question and still receive no response.
宇宙と生命と人類の起源について、科学者はその歴史のストーリーを求める。科学者たちはストーリーが検証可能なモデルの形で提示されることを要求する。1997年のプライムタイムの2時間の全米放送の進化論者とインテリジェントデザインの指導者たちの討論番組で、進化論者たちは繰り返し「モデルはどこにあるのか?」と問うたが、答えはなかった。それから9 年経過したが、進化論者は同じことを問い、答えは得られていない。[ Hugh Ross: Creation as Science(pp.31-33)]

They generally refuse to be drawn on the sequence of events, or the exact history of life on Earth or its duration, apart from saying, in effect, that it "doesn't matter". However, this is seen by the average evolutionist as either absurd or disingenuously evasive - the arena in which they are seeking to be regarded as full players is one which directly involves historical issues. In other words, if the origins debate is not about a "story of the past", what is it about?
彼らは一般に、イベントの時系列あるいは地球上の生命の歴史あるいはその期間について、記述することを拒否し、それらは重要ではないと言う。しかし、これは平均的な進化論者から見れば、不合理もしくは陰険に回避的である。彼らが完全なプレーヤーだと思われたがっているアリーナは、直接に時系列の問題を含むものだ。言い換えるなら、起源について議論が、過去のストーリーについてでないなら、何についてなのか?
[Carl Wieland: "AiG's Views on the Intelligent Design Movement"]


インテリジェントデザイン"理論"が言えること



インテリジェントデザイン"理論"が言えることは、結局のところ、次のようなものになる:
What is the theory of intelligent design?
インテリジェントデザイン理論とは何か


The theory of intelligent design holds that certain features of the universe and of living things are best explained by an intelligent cause, not an undirected process such as natural selection.

インテリジェントデザイン理論は、宇宙および生物のいくつかの特徴が、自然選択のような方向性のない過程ではなく、インテリジェントな原因によって最もよく説明されると考える。

[Questions about Intelligent Design on Disocvery Institute]

Rather than trying to infer God’s existence or character from the natural world, it simply claims "that intelligent causes are necessary to explain the complex, information-rich structures of biology and that these causes are empirically detectable."

自然界から神の存在や特徴を推論するのではなく、複雑で情報に富んだ生物構造を説明するにはインテリジェントな原因が必要であり、これらの原因は経験的に検出可能であると主張する。

[William Dembski: "What is Intelligent Design?" on ARN]

Intelligent design is a scientific theory which seeks to determine if some objects in the natural world were designed through recognizing and detecting the types of information known to be produced by the intelligent agents when they act.

インテリジェントデザインは、自然界の何かがデザインされたかどうかを、インテリジェントエージェントが働いたときに作られるとわかっているタイプの情報を認識し検出することで、判断しようという科学理論である。

[FAQ: What is intelligent design theory? on IDEA center]
「ある生物種がデザインされたか否か」を論じることはできても、デザインの方法や配備方法や配備時刻などは取り扱い対象外。

また、検出方法についても、言えることはほとんどなく、事実上「進化論で説明できなくて、意味ありげなものはデザイン」という詭弁のみ:
Detection of design:(デザインの検出)

Chance, necessity, and design--these three modes of explanation--are needed to explain the full range of scientific phenomena.

偶然と必然とデザインという3つの説明モードが科学的現象全体を説明するために必要だ
[Dembski 1998]。

William Dembski's Explanatory Filter:(説明フィルタ)

Start

Highly probable?(ありえそう?) --> Law(自然法則)

Intermediate probability(そこそこありそう?) --> Chance(偶然)

Specified small probability(特にありえなさそう)-->Design(デザイン)

Chance(偶然)

[IDEA Center FAQ]



インテリジェントデザイン"理論"とは結局のところ...



インテリジェントデザインの主要理論家Dr. BeheとDr. Dembskiによる言葉の定義を見てみれば:
The theory of intelligent design holds that certain features of the universe and of living things are best explained by an intelligent cause, not an undirected process such as natural selection.
インテリジェントデザイン理論は、宇宙および生物の特定の特徴が、自然選択のような方向性のない過程ではなく、インテリジェントな原因によって最もよく説明されると考える。[Discovery Institute FAQ]

We could therefore define intelligence as the capacity for rational or purposive or deliberate or premeditated choice.
したがって、インテリジェンスを合理的であるか目的があるか慎重であるか計画的な選択の能力と定義できる。[Dembski 2001]

Design is simply the purposeful arrangement of parts.
デザインとは部品の意図的配置だ。[Behe 1998]


となっていて、これをつなげると...
  • 不明な目的をめざした選択をするインテリジェンスによる、部品の意図不明な意図的配置であるデザイン


中味なしな、何のことやら、わからない主張である。


中味はいらないインテリジェントデザイン"理論"



中味のないインテリジェントデザイン"理論"だが、それでもちっと困らないのが、インテリジェントデザイン運動。Discovery Instiuteのシニアフェローであり、Gilder Publishing LLC代表であるGorge Gilderの2005年の名言[via Panda's Thumb]に次のようなものがある:
"I'm not pushing to have [ID] taught as an 'alternative' to Darwin, and neither are they," he says in response to one question about Discovery's agenda. "What's being pushed is to have Darwinism critiqued, to teach there's a controversy. Intelligent design itself does not have any content."

Discovery Instituteの方針について問われたとき、彼(George Gilder)は「私はダーウィンの代替としてインテリジェントデザインを教えることを推進していない。そして彼らもだ。推進しているのはダーウィニズムを批判することであり、論争があることを教えることだ。インテリジェントデザイン自体に中味はない」と答えた。

[The evolution of George Gilder (2005/07/27) on Boston.com]
インテリジェントデザイン"理論"に中味はなくても困っていない。

もっとも、中味がないので、学校で教える内容もないと、インテリジェントデザイン運動の創始者であるPhillip Johnsonも認めている:
GALESBURG - The father of intelligent design says his child is not ready for school.
The hypothesis of intelligent design, while being developed, is not complete enough to be taught in the classroom, Phillip Johnson, professor emeritus of law at the University of California at Berkeley, said during a lecture at Knox College Friday.

インテリジェントデザインの父は、彼の子供がまだ学校へ行く準備ができていないと言った。インテリジェントデザイン仮説は発展途上であり、授業で教えるに十分には完成していないと、カリフォリニア大学バークレー校の法学名誉教授Phillip Johnsonは、金曜のKnox Collegeでの講義で発言した。

[Intelligent design founder argues against evolution (2006/02/18) on Register-Mail]




ちなみに進化論に対するポジションは...



なお、反ダーウィニズムを掲げるインテリジェントデザイン運動だが、名目上は「インテリジェントデザインと進化は相容れないわけではない」と主張している。

一見、よくわからない主張だが、実際には「進化」の意味を再定義しているだけである。
Is intelligent design theory incompatible with evolution?
インテリジェントデザインと進化は相容れないか?


It depends on what one means by the word "evolution." If one simply means "change over time," or even that living things are related by common ancestry, then there is no inherent conflict between evolutionary theory and intelligent design theory. However, the dominant theory of evolution today is neo-Darwinism, which contends that evolution is driven by natural selection acting on random mutations, an unpredictable and purposeless process that "has no discernable direction or goal, including survival of a species." (NABT Statement on Teaching Evolution). It is this specific claim made by neo-Darwinism that intelligent design theory directly challenges.

それは進化という言葉が何を意味するかによる。"時間を経ての変化"あるいは生物が共通祖先によって関係しているという意味なら、進化論とインテリジェントデザイン理論の固有の対立はない。しかし今日の主流の進化論はネオ・ダーウィニズムであり、それは進化は自然選択が突然変異に働くことで進み、種の存続を含む識別できる方向性や到達点を持たない、予測できない目的のない過程であると主張している(NABT Statement on Teaching Evolution)。このネオ・ダーウィニズムによる主張に対して、インテリジェントデザイン理論は挑んでいる。

[Questions about Intelligent Design on Disocvery Institute]
「自然選択と突然変異」による進化である「ネオダーウィニズム」には反対だと書いている。すなわち普通の「進化論」とは相容れない。


こんなインテリジェントデザインでも...



「わたしの持論なんですが,この知的設計説という「大仮説」はまんざらバカにできないものだと思っています。」とか言っちゃってくれちゃってる竹内薫は、きっとインテリジェントデザインを知らない。よくいる、読まずに支持するヤツだろう。

ID_books.jpg


posted by Kumicit at 2009/02/15 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/11/02

一般法則論者氏のコメントについて (2)

一般法則論者氏がさらにコメントをしてきたので、対応しておく。

前回の繰り返しになるが...

  1. 自然科学は方法論的自然主義の原則のもと、超自然に言及しない。従って、超越的神はその存否も含めて取り扱い対象外としている。
  2. 自然科学は実験・観察・観測など経験的に検証なものを対象とする。従って、目的・存在理由など、実験・観察・観測などによって検証不可能なものは、取り扱い対象外。

超越的神や存在理由や目的といったものは、形而下学と呼ぶべき自然科学(φυσικά)ではなく、哲学の一分野である形而上学(μεταφυσικά)が取り扱う。

これを前提として、一般法則論者氏のコメントを見ていこう:
この世界の成り立ちと仕組みの発見と理解に関して、物質に関する科学的な世界観が全てで絶対のようですね。

天然自然の存在の創造主である神がいるかいないか、ヒトの生き方の原理があるかないか、あるとすればそれはどんなものかは、これらが既に全てのヒトにとって客観的にかつ確定的に決まっている世界にあとから生まれた私達からみれば、それを自然科学がやっているように、科学と同じ方法論で客観的に発見することができますし、またこれをしなくてはなりません。
一般法則論者氏も、「ヒトの生き方の原理」は「科学と同じ方法論で客観的に発見」できると言っている。つまり、方法論は同じだが自然科学とは別なる手段で行うのだと。

その手段は、形而上学(metaphysics)である。形而上学、超自然への言及と経験的に検証不可能な問題の取り扱いという、自然科学にできないことをやるもの。自然科学に対してメタなポジションにあるが、それは主観あるいは机上の空論を意味しない

そして、しつこいようだが、Kumicitは以下の点を否定していない:
例えば物質を作っている根源の仕組みが分かっても、ヒトとしての生き方がそこから出てこないことを一般法則論では問題にしています。
自然科学は「ヒトとしての生き方」など探求できない。だから、別途、形而上学という分野がある。

ただし、実験・観察・観測によって検証できない分野である形而上学は、その分、難しい。たとえば、一般法則論者氏のコメントも論証の対象となる:
これを明らかにしないと、人類が今抱えて居る問題の解決ができません。ヒトの生き方の原理はこの世界の成り立ちと仕組みの一部です。これを無視し続けていては ヒトとして何時までもまともに生きることが出来ません。
「ヒトの生き方の原理」とは何であり、「世界の成り立ちと仕組み」とは何であるか定義しなければならない。そして「ヒトの生き方の原理」が「世界の成り立ちと仕組み」の一部であることを論証する必要がある。もちろん「まともに生きる」とは何なのかも定義しなければならない。

ということで、なんか、面倒そうなので、Kumicitは手を出していない。興味もないので今後も手を出すことはないだろう。

posted by Kumicit at 2008/11/02 02:16 | Comment(0) | TrackBack(1) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008/10/26

一般法則論者氏のコメントについて

一般法則論者氏の主張はわりと基本的な事柄を説明するのに便利なので、来訪記念に
とありげることにする。なお、一般法則論者氏の本拠地はたぶんこれ:

==>いわゆる神の存在証明がもたらす意味について

とっても多くのブログにコメントを残している人である。ただし、反応が得られないときは別のブログへとさっさと彷徨っていく流浪の民な感じを受ける。


では、パラグラフ単位に一般法則論者氏のコメントに対応する。説明の都合で第2パラグラフから:
天然自然の存在の創造主である神が存在する、というと、すぐにID説を支持し、反自然科学の立場だ! 迷信的な宗教を支持するのだ、と早とちりする人たちが、神など存在しないのは高校の物理の教科書楷書を学べば自明だとか宗教など迷信だという人たちが、科学基礎論的な知識も無いくせに、日本ではわんさかといます。
「日本ではわんさか」についてわからないが、ここはまったく正しい。

  1. 方法論的自然主義

    自然科学の原則として、「方法論的自然主義(methodological naturalism)」というものがある。これは、「自然界についての説明は自然なものに限られ、超自然に言及しない」というもの。なお「自然な説明」とか「自然(な)過程」と言った言葉は、「超自然ではない」とか「超越的神による自然界への介入ではない」と言った意味合いを持っている。

    これに対して、「超越的神は存在しない」という立場が「形而上学的自然主義(metaphysical naturalism)」である。別名「機械論的唯物論」で、自然科学の版図の外側にある。

  2. 経験的に検証可能

    で、「方法論的自然主義」は、もうひとつの原則である「自然科学の対象は経験的に検証可能なもの」すなわと「実験・観察・観測などによって検証可能できるもののみを相手にする」と表裏一体。

    自然法則を超越した存在や現象は「経験的に検証可能」ではないので、自然科学の対象外になる。このことは神学的にも当然な流れ。神の被造物たる機械仕掛けの宇宙を自然法則で記述する機械論の末裔なので、当然、神そのものを記述対象にしない。

  3. 超越的な神の存在

    経験的に検証不可能な超越的神の存在は自然科学の対象外。なので、「超越的神が存在する」も「超越的な神が存在しない」も自然科学の主張ではない。どちらの主張も自然科学と何の矛盾もない。
このあたりは、「名も無き忘却からの帰還者」氏(うちは名前未記入だと自動的にこうなるのです)の指摘通りで、こういったことが理科教育で語られてなくて知らないままの人が多そうだ。

==>Science for All Americans: 第1章: 科学の本質

つづいて、第1パラグラフにもどる:
反進化論のID説と正統派の科学との対立の原因は、双方が、ヒトが想像力ででっち上げて作ったのではない、それ自体で、ヒトが作ったのではない天然自然の世界の中に、あるようにして在る天然自然の存在の創造主である神が存在する、という事実を発見する手間をかけてないことです。
自然科学は「超越的な神」を取り扱い対象外としている。

  1. 対立原因は一方的にインテリジェントデザイン運動側にある。

    ユダヤ・キリスト教の神は「超越的な神」すなわち、自然法則の制定者であり、自然法則の停止・逸脱を行う存在で、宇宙(自然界)の"外側"にいる。この超自然へ自然科学が言及せよとインテリジェントデザイン運動が要求していること。

  2. "God of the gaps"

    インテリジェントデザイン運動側が「手間をかけてない」ことは正しい。彼らは「進化論で説明できないものがある。それは超自然の介入である」という形式の論を使っている。

    これは「自然科学の隙間に神を置く」"God of the gaps"と呼ばれる詭弁である。もちろん、研究が進んで隙間が埋まると、そこにいた神様が生き埋めになる。このため、「バクテリアの鞭毛の進化」などの戦線で、インテリジェントデザイン運動側が詭弁・虚偽などの手段を以って、徹底抗戦に出ている。

    実際のところ、「進化論で説明できないもの」が「将来も説明がつかないかどうか不明」であり、もし「永劫に説明がつかない」場合でも、それは「神の存在を証明しない」(科学の版図外である哲学においても)。 それは、経験的に検証不可能なネタなら、神様以外にも幾らでも思いつくからだ。


科学的な天然自然の存在の創造主である神の存在証明をして、しかも進化論を認め、生物学者が否定する一人ひとりのヒトの存在理由と存在目的も証明することが出来る考え方があります。  
ここは完全に間違っている。

  1. 自然科学は超越的神の存在を対象外としており、存在を証明できない。

    ただし、哲学という手段を以って神の存在を証明することは、自然科学と矛盾しない。

  2. 生物学は「ヒトの存在理由と存在目的」を取り扱わない。

    「神の被造物たる機械仕掛けの宇宙を自然法則で記述する機械論の末裔」には、「存在理由や存在目的」を取り扱い対象外。従って、生物学に「ヒトの存在理由と存在目的」には登場しない。ただし、その存在を肯定も否定もしない。

    なお、生物学者は普通、取扱商品である生物学について「方法論的自然主義」の立場をとっているはずだが、プライベートは知ったこっちゃない。敬虔なキリスト教徒から攻撃的無神論者まで様々。

  3. ただし、哲学などの手段を以って「ヒトの存在理由と存在目的」を解明・説明・証明することは、何ら自然科学と矛盾しない。というか関知しない。


そして、最後のパラグラフ:
ヒトの存在理由も存在目的も、テレビにはテレビの原理があり、扇風機には扇風機の原理があるように、人としての生き方の原理があることも説明出来ない現在の正統派の科学は、一般法則論者から言わせると、妄想の類に属します。
前半までは何の問題もない。自然科学はその方法の実装上、「ヒトの存在理由も存在目的も..人としての生き方の原理があることも説明出来ない」。 

「ヒトの存在理由も存在目的も..人としての生き方の原理」を解明・説明・証明したければ、自然科学の再定義や改竄などではなく、哲学や神学を使うのが正しい。

一般法則論者氏が「ヒトの存在理由も存在目的も..人としての生き方の原理」を哲学として探求しているのではあれば、Kumicitには特に異論・意見はない。そのようなものを取り扱い対象外とする自然科学を「妄想の類に属する」と思うことにも、特に文句を言うつもりもない。


ただし、自然科学が:

  1. 方法論的自然主義の原則のもと、超自然に言及しない。従って、超越的神はその存否も含めて取り扱い対象外としている。
  2. 実験・観測観察・観測など経験的に検証なものを対象とする。
そして、そのような実装なので、自然科学は「ヒトの存在理由も存在目的も..人としての生き方の原理」も取り扱い対象外としている。... といったことだけは知っておいてほしいな。

あと、上では言わなかったが、「自然科学は一時的真理である」というのがある。新たな実験・観測・観察によって、理論は修正され続ける。逆にいえば、「自然科学が絶対的真理」になったら、研究屋はやることがなくなって全員失業さ...
タグ:id理論
posted by Kumicit at 2008/10/26 12:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。