2017/01/30

2011年9月20日

2011年9月11日のテロから9日後、George W, Bush大統領(当時)は、演説の中で、米国 内及び友好国のイスラム教徒は米国の敵ではないと述べた。
I also want to speak tonight directly to Muslims throughout the world. We respect your faith. It's practiced freely by many millions of Americans and by millions more in countries that America counts as friends. Its teachings are good and peaceful, and those who commit evil in the name of Allah blaspheme the name of Allah. The terrorists are traitors to their own faith, trying, in effect, to hijack Islam itself. The enemy of America is not our many Muslim friends. It is not our many Arab friends. Our enemy is a radical network of terrorists and every government that supports them.

私は今夜、世界のイスラム教徒たちに直接話しかけたい。我々は皆さんの信仰に敬意を持っている。幾百万の米国人が自由に信仰しており、米国の友好国の幾億の人々が信仰している。 その教えは良きものであり、平和的であり、アッラーの名によって悪を犯す者は、アッラーの御名を冒涜している。テロリストたちは、イスラムを実質的に乗っ取ろうとする、自らの信仰の裏切り者である。米国の敵は、我々の多くのイスラム教徒の友人たちではない。敵は我々の多くのアラブの友人たちではない。我々の敵は、テロリストのラジカルネットワークであり、それを支持する諸国政府である。

[George W. Bush Addresses Muslims in the Aftermath of the 9/11 Attacks (2001/09/20) via ian bremmer]
「 アッラーの名によって悪を犯す者は、アッラーの御名を冒涜している」と述べたところで、拍手が起こる。

今や、このような保守エスタブリッシュメントの主張は、共和党支持者の怒りを買うようになってきている。その数が、共和党支持者の過半数に達しているなら、共和党の連邦上下院議員たちは、Bushではなく、Trumpのように振る舞わなければ、予備選を勝ち抜けなくなる。

そして、今のところ、共和・民主・中立あわせたTrumpの仕事支持率はこんなところなので、共和党議員がBushのように振る舞うのは、次の選挙を考えれば得策ではないだろう。
Galluptrump.JPG
[Gallup Daily: Trump Job Approva]
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2016/08/06

180年くらい歴史がありそうな都市伝説「ブアメードの血」

昨日の続き...

出版年代が1835年と表示されるフランス語文献を見つけた。
Imagination1835a.PNG
Imagination1835b.PNG
Imagination1835c.PNG

IMAGINATION. Faculté de se retracer vivement les choses absentes et d'en produire de nouvelles par association, par combinaison et par production. L'analyse psychologique de l'imagination, le rôle éminent qu'elle joue dans les sciences, les lettres, les arts, l'induslrie et les circonstances les plus ordinaires de la vie, ne nous occuperont pas dans cet article, nous devons circonscrire notre sujet dans le point de vue médical; c'est- à-dire l'influence de l'imagination sur l'organisme, et d'autre part l'influence de l'organisation et des agents physiques qui la modifient, sur l'imagination elle-même.

想像力: 足りないものを素早く見つけて、新しいものを連想や組み合わせや作成によって作り出すこと。我々の生活の最も普通の部分である科学や人文学や芸術や産業などで重要な役割を果たす想像力の心理学分析は、ここでは取り上げない。ここでは医学的見地のみを取り扱う。すなわち、想像力の身体への影響と、器官や身体変化を生じさせるものの創造力への影響と、想像力自体についてである。

On annonce à un criminel condamnê à mort que sa derniêre heure est venue, mais qu'on adoucira le supplice de l'arrêt irrêvocable en lui ouvrant une veine aux quatre membres. On lui bande les yeux, on pratique quatre piqûres sur lesquelles on fait doucement jaillir un filet d'eau, et le malheureux, que tout, autour de lui, confirme artificieusement dans une illusion funeste, ne doute pas qu'il ne perde tout son sang. L'effroi de la mort qui a glacê son àme, enchaine bientôt les mouvements du corps, la respiration se ralentit, le coeur cesse de battre, on appelle au bout de quelques minutes, et le cadavre ne rêpond pas.

死刑宣告を受けた犯罪者は、死刑執行の時が来たが、四肢の血管を開くことで刑執行の苦痛を緩和すると告げられた。目隠しされ、四肢を刺され、そこに緩やかに水が流れ、彼の周りはすべてが、疑いようもなく血液が流れ出るという、死に至る幻想を彼に信じ込ませた。

Un malade touche à sa fin, le dêsespoir s'est joint à la maladie pour conspirer sa perte. Un mêdecin cêlêbrem un remêde superstitieux raniment l'espêrance, et le malade ressaisit l'existence prês de s'envoler. Qui est-ce qui a opêrê ces prodiges? C'est l'magination. Elle est done bien puissante cette facultê, qui peut tuer et rappeler à la vie!

患者は最期のときに、病気に絶望が重なって死に至る。迷信な治療で希望を呼び覚まし、患者が死の瀬戸際から回復するのを、医師は祝う。これらの驚異に働いたのは何者か?それは想像力である。想像力は力強く働き、人の生命を奪い、回復させる。

["Dictionnaire de medecine usuelle et domestique, ou sont exposés avec clarté et dans un langage dépouillé de termes scientifiques, Volume 2" (1835), p109]
これまでの文献と同じく、場所や時期の記載はない。「死刑囚・目隠し・血液だと思い込ませるための水」など基本設定は他の文献と同様。傷は四肢(quatre membres)とされる。

なお、「ブアメード」の旅路は以下の通り:

出典人名場所年代針の場所固定場所流出したと信じた量
Dictionnaire de medecine (1835)---四肢--
Laws of Health (1878)-フランス-台(table)-
The Cincinnati Lancet and Clinic (1880)-----
Daniel Hack Tuke (1884)-----
Lancet (1886)---台(table)- (6分後)
Items of Interest (1886)---台(table)- (6分後)
Chambers's Journal (1887)------
Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887)-フランス(の医師)数年前(ナポレオン3世の許可)台(table)- (6分後)
Columbus Medical Journal (1889)------
Rochas 1887-英国前世紀7-8パイント
Flammarion (1900)[F]-コペンハーゲン1750台(table)7-8リットル
Flammarion (1900)[E]-英国前世紀台(table)7-8クォート
フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳(1924)-英國先世紀テーブル六、七升
Toledo News Bee (1922)-英国の医科大学-心臓近くの皮膚手術台-
St. Petersburg Times (1926)-フランス(の医師)数年前動脈台(table)- (5分)
Arthur Brisbane (1930)---裸足の裏全体椅子-
谷口雅春 (1932)--或る時頸部椅子全身の血液の三分の二
PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY (1935)-インド(の医学誌)-四肢の先端台(table)-
谷口雅春 (1962)--あるとき頸椎椅子全身の血液の三分の二
広告屋のネタ帳 (1998)-アメリカ----
笠巻勝利 (1999)ブアメードオランダ1883足の親指ベッド全身の1/3
長谷川淳史(2000)ブアメードヨーロッパのある国第2次大戦前足の全指ベッド全身の10%


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2016/08/05

143年の歴史を誇る都市伝説「ブアメードの血」Update 2016/08/05

2009/07/11から、ときどき追いかけてきた「(1999年に笠巻勝利氏が命名した)ブアメードの血」だが、前回(2016/03/29)から少し進展があった。(Googleの雑誌スキャンが進んで、オンライン情報が増えているようだ。)

  • 英国のLancetが"Can Imagination Kill"という記事を掲載したのが1886年。それよりも13年前に、同様の記述を掲載した医学誌が米国にあった。
  • 英国のLancetの記事では、傷つける箇所は「首」だったが、米国では1884年まで「腕」とする記載が複数見られた。
  • いつ実験が行われたか記載はなく、場所もフランスだったり、ドイツだったり


で、まずは、1873年、米国ミシガン州Battle Creekの"The health Reform Institute"が発行している"The Health Reform"に、「多くの読者にとって新たに知ることではない」事例として、死刑囚を使った実験例に触れた記事が掲載された。
GoodHealth1873s.PNG

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「実際に死の瞬間まで、まったく疾患ではないのに、想像力によって人が死ぬことがある」と私は言った。ここでは、多くの読者にとって新たに知ることではないが、そのような症例をここで指摘しよう。一人の男が、フランスで犯罪により、死刑を宣告された。数人の医師たちが、その男をただちにギロチンにかけるのではなく、実験に使うことを許可された。実験計画では、男の想像力を刺激し、心の働きによって、実際に死亡するのか、見極めることになっていた。医師たちは男に、出血死することになると信じ込ませたが、実際には、その男は一滴の血も流れることはなかった。医師たちは、「自分が出血するという想像が神経系に強く働きかけ、男は死亡する」と主張した。その男の例では、それが実証された。

男に見えるように、血液を受けるためのボウルが置かれた。一人の医師の手にある鋭いメスがきらりと光った。傷をつけるために、男の腕がむき出しにされた。そして、男は目隠しをされ、テーブル(台)の上に寝かされた。医師たちは話し合い、大動脈を探し、男がすぐに出血死する、適したところを指した。医師たちは、出血しない程度に、男の腕を刺した。医師たちは、血が流れ出ているかのように会話した。欺瞞を完全なものにするため、暖かい水を男の腕に流して、ボウルへと流し落とした。医師たちは出血量を話した。医師たちは男の脈をとり、そのゆらぎを話した。経過時間を少し長めに話した。男は実際に意識が遠くなり、出血死の症状を呈して、実際には一滴も出血することなく、死亡した。医師たちが男の想像力に働きかけた欺瞞だが、男にとっては実際に出血死すると思っていたことにより、男は死亡した。

[Good Health 1873, p233]
具体的な記述だが、いつ、起きたのかは書かれていないが、フランスで起きたことになっていた。。また、出血したと思い込ませるために傷つける箇所は腕だった。

1879年、米国ペンシルバニア州Wernersvilleの医学誌に、同じく「腕」を傷つけるストーリーが掲載された。ただし、場所はフランスではないようだ。
LawsOfHealth1879s.PNG
LawsOfHealth1879m.PNG

LawsOfHealth1879a.PNG

LawsOfHealth1879b.PNG

私は別の例にも触れずにはなるまい。多くの医師たちが、ドイツ王子に、死刑を宣告された犯罪者を使って、心がどの程度、身体に影響を及ぼすのかの実験を求めていたという。ある人物が、首を刎ねるかわりに出血死させられると信じ込ませされた。指定時刻に医師たちは、彼の独房に出かけた。彼は簡易ベッドに寝かされ、目隠しをされた。そして、医師たちは血液を受ける容器を用意した。医師たちは彼の腕を傷つけ、暖かい水が腕を流れるようにし、床に落ちるようにした。目隠しされた人物は、出血死すると信じ込んでおり、医師たちはそのように印象付けるべく、脈拍を計測し、流れ出た血の量を計測し、弱っていく状態を調べた。彼が聞こえることは、彼が死にかけていると彼の心に思い込ませるものだた。そして彼は死亡した。まさしく想像力によって死亡した。彼は一滴の血も失っていなかった。これは凄いことだろう? 出血死するところ、あるいは事故か何かで死亡しかかっていると考えたとき、どんな気分になるか考えたことがあるだろうか?

[Laws of Health, 1878, p96]


続いて、1880年に、米国オハイオ州シンシナティの医学誌"The Cincinnati Lancet and Clinic"に、次のような記事が掲載された。これも出血したと思い込ませるために傷つける箇所は腕だった。
CincinnatiLancet1880s.PNG

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CincinnatiLancet1880b.PNG
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Attention with imagination is a fruitful source of physical disorder. The schoolmen had an axiom: A strong imagination begets the events. The suggestion of a disease has been known to cause that disease, more especially if the disorder be a neurosis. Even death has ensued from a vivid imagination. A criminal is blindfolded, it having previously been represented that he was to be bled to death: a scratch is made upon his arm and trickling water represents to his ears the flowing blood, and he dies. Another dies upon the scaffold, just awaiting the descent of the fatal ax; a reprieve comes, but the man is already dead.

想像力に注意することが、身体的障害の豊かな源泉である。教師は格言を持っている。強い創造力は事象を生み出す。疾患を示唆すると、疾患を生じることが知られている。特に神経症ではそうである。死さえもが鮮やかな想像力によって起きた。一人の犯罪者が目隠しをされる。彼は出血死させられると、事前に告げられる。彼の腕に引っかき傷がつけられ、彼の耳には血の流れに聞こえるように、水を滴らせる。そうすると、彼は死亡する。別の死亡例もある。男は死刑執行を待っている。そこに執行猶予の知らせが来る。しかし
男は既に死亡している。

[The Cincinnati Lancet and Clinic 1880, p528]
この記事では、「腕に引っかき傷」以上の情報はない。いつ、どこで起きたのかも、椅子に座っているか、ベッドの上かもわからない。

そして、1884年のDaniel Hack Tukeの本には、1880年の記述と同様に、腕から出血していると信じ込んだ男と、執行猶予前に死亡した男の話があった。
Imagination1884b.PNG

[Daniel Hack Tuke: "Illustrations of the Influence of the Mind Upon the Body in Health and Disease: Designed to Elucidate the Action of the Imagination" (1884)]



この後、傷つける箇所が「首」になったLancet (1886)の記事が登場する。そして、「首」系列から、指などの派生バーションが登場する。
出典人名場所年代針の場所固定場所流出したと信じた量
Lancet (1886)---台(table)- (6分後)
Items of Interest (1886)---台(table)- (6分後)
Chambers's Journal (1887)------
Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887)-フランス(の医師)数年前(ナポレオン3世の許可)台(table)- (6分後)
Columbus Medical Journal (1889)------
Annales médico psychologiques (1886)-英国前世紀7-8パイント
Rochas 1887-英国前世紀7-8パイント
Flammarion (1900)[F]-コペンハーゲン1750台(table)7-8リットル
Flammarion (1900)[E]-英国前世紀台(table)7-8クォート
フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳(1924)-英國先世紀テーブル六、七升
Toledo News Bee (1922)-英国の医科大学-心臓近くの皮膚手術台-
St. Petersburg Times (1926)-フランス(の医師)数年前動脈台(table)- (5分)
Arthur Brisbane (1930)---裸足の裏全体椅子-
谷口雅春 (1932)--或る時頸部椅子全身の血液の三分の二
PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY (1935)-インド(の医学誌)-四肢の先端台(table)-
谷口雅春 (1962)--あるとき頸椎椅子全身の血液の三分の二
広告屋のネタ帳 (1998)-アメリカ----
笠巻勝利 (1999)ブアメードオランダ1883足の親指ベッド全身の1/3
長谷川淳史(2000)ブアメードヨーロッパのある国第2次大戦前足の全指ベッド全身の10%
Lowel(1996)-インド(の医師)-四肢の先端ベッド-
Sones&Sones(2004)-インド1936四肢の先端ベッド-
Minasian(2010)--20世紀初頭--(翌朝)

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2016/07/24

メモ「人種偏見と発砲判断」

米国では、警官が誤って非武装の黒人に対して発砲する事件はときどき報道され問題になっている。「普通の市民よりは警官の方が誤判断が少ない」こと、しかし、「それは人種バイアスが小さいからではない」ことを示した、「武装あるいは非武装の白人と黒人の画像を瞬間的に見せる心理学実験」研究がある。
社会心理学者Joshua Correllはビデオゲームを使って、人種バイアスが容疑者に対する発砲に影響するか調べた。

かつて、連邦検察は、ニューヨーク市警の警官が、西アフリカからの移民であるAmadou Dialloを射殺した事件を起訴しないと決定した。彼が手にしようとしていた物体が銃ではないことが判明するまでに、41発の銃弾を受けた。社会心理学者Joshua Correllはデンバーでこのニュースを父親と見ていた。それは2001年1月31日のことだった。11か月前、陪審員たちは警察官たちを故殺について、ニューヨーク州の刑事裁判で無罪評決をしていた。そして、この起訴しないという発表は、Diallo殺人事件は警察の暴力性と人種差別性の証拠だとみている抗議運動者たちを怒らせた。

University of Coloradoで博士課程の研究を始めたCorrelは、「1999年の夜に何が起きたか解釈しようとするところから問題が起きている」ことに気付いた。他の条件、特に人種では、結果は違っていただろうか?警官が近づいていたのが白人で、Dialloがしたように、自分のアパートの玄関に走っていて、サイフを手にしようとしたとしたら。未明のブロンクスだったら、何が起きていただろうか。実際のところ、わからない。

しかし、彼はそれ以来、答えを求めて進んだ。4年間の博士課程の研究と、2年間のシカゴでの心理学助教授としての研究で、Correllは、警官の容疑者に対する発砲判断に、人種バイアスがどう働くか調べた。携帯電話かサイフかハンドガンを持っている、白人と黒人の画像を使って、Correllとコロラドの共同研究者たちは、瞬時判断を求めるビデオゲーム実験をつくった。絵が次々にでてきて、被験者は画像の人物がハンドガンを持っているか判断しなければない。850ミリ秒(あるいは、どれだけ被験者を急き立てたいかにより、さらに短い時間)で、被験者たちは発砲するか、そのまま放置するかキーを押す。Correllがターゲットと呼ぶものたちは、膝をついていたり、立っていたり、腕を組んでいたり、手をポケットに近づけていたりする。ターゲットたちは、公園の噴水や集合住宅の前や建設現場や樹木のある公園や駐車場などなど、よくある都市の風景を背景にしている。

実験を繰り返し、Correllは学部学生やDMV顧客やモールのフードコートの常連客や警官をテストして、まれではあるが、人々の誤りが、パターンに従っていることを見出した。非武装の白人よりも非武装の黒人に対して発砲する可能性が高く、武装した黒人より武装した白人に対して発砲し損ねる。2002年の4回の実験を列挙したJournal of Personality and Social Psychologyの論文で、Correllたちは、「黒人のターゲットの方が、発砲の閾値が低い」と書いた。その傾向は、被験者が黒人の場合でも変わらなかった。

Correllによれば、その傾向は、アクティブな偏見よりは、社会的なステレオタイプの影響と思われる。この文化バイアスは、被験者が何を信じているか、あるいは何を信じたいかによるものではない。長い時間かけて、映画を見たり、新聞記事を読んだり、ジョークを聞いたりするごとに、頭にねじ込んできたものによる。被験者を調べて、Correllはゲームの結果が、人種偏見よりもステレオタイプの認知度によって予測できることを見出した。「実際に黒人が暴力的だと考えている人々よりも、黒人は暴力的だと思われていると述べた人々の方が、人種バイアスを示す傾向がみられた」

2006年6月のJournal of Experimental Social Psychologyに掲載された論文では、どれくらい深くステレオタイプが根付いているか調べられた。実験で、Correllは被験者の頭部に電極を付けて、ビデオゲームプレイ時の神経系の活動を記録した。「驚いた。P200 (脅威に対する反応に伴う神経電位の上昇)は、白人の顔より黒人の顔を見たときの方が大きかった。」特に強くP200と、ビデオゲームでのバイアスは関連していた。「この電位変動は画面に人物像が表示されてから200ミリ秒で発生していた。我々はとても素早い前意識を見出していた。これが直感的反応だ。」とCorrellは言う。

Correllの最新の事件では、市警の警官も参加した。全体的には、警官たちは普通の市民より、素早く、かつ正確に反応した。「警官たちはほとんどミスらなかった。これは間違いない」とCorrellは言う。しかし、警官たちもバイアスから逃れてはいない。Journal of Personality and Social Psychologyの6月掲載論文で、Correllはデンバー市警の警官と、デンバー市民と、14州の警官の参加を募って、ビデオゲームを行った。主要な計測対象は、人種と反応時間の相関だった。警官と市民は同様の相関を持っていた。「ステレオタイプに反するターゲットを見た場合(銃を持たない黒人や、武装した白人)、彼らはためらう。数ミリ秒だけ遅れるが、判断を間違えるわけではない。」とCorrellは言う。

同じJPSPの2つの論文で、訓練でバイアスが除去可能であることを示す証拠を提示した。警官であれ市民であれ学生であれ、被験者たちが連続4日間ゲームをプレイすると、成績は良くなった。しかし、反応時間は変わらなかった。変わったのはミスの数だった。「複雑で変化する背景の中で、銃のような小さな物体を特定することには、コントロールと規律が必要だ。特に、根深い期待に反する画像の時には」とCorrellは言う。警官の訓練は、コントロールと規律を教えていて、これが警官のミスをほとんどなくしている。「この国の文化的ステレオタイプを変えられないとしたら、誤りを減らすことが、我々のできることのすべてだ」とCorrellは言う。

研究は充実しているとCorrellは言う。彼は警官の参加した実験の知見の探求を計画している。大都市の警官は小都市の警官よりも、人種に影響された判断遅延が大きい。Correllは神経電位変動の計測をさらに実行したいと考えている。さらに、Correllはヒスパニックやアジア系の人々の画像も使った実験や、多くの地域や人種の人々を被験者とする実験を始めている。すべての実験で、Correllは何が警官に発砲させているのか迫っている。「これは未だ、やっかいな問題だ」と言う。

story2.jpg
photo: Correllのビデオゲーム: 武装あるいは非武装の、黒人あるいは白人の容疑者が画面に表示される。秒単位の時間で、被験者は発砲するか否か判断しなければならない。

[Shooter’s choice (2007) on University of Chicago]


その後も、白人と黒人以外も含めたバイアスや、疲労度と人種バイアスの関係などの研究が続けらている。

posted by Kumicit at 2016/07/24 11:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/03/29

130年の歴史を誇る都市伝説「ブアメードの血」Update 2016/03

2009/07/11から、ときどき追いかけてきた「ブアメードの血」
前回(2014/04/11)から、2年ほどたったので、少し調べなおしてみると...
  • 初出は変わらず、1886年の英国Lancetの記事(執筆者不詳、実験の場所・時代不詳)
  • フランス語圏への伝播は、Lancet記事の引用で、1886年。このとき「英国・前世紀」が加えられた。これがFlammarion(1900)英語版に引用されたと思われる。
  • 誌名不詳・年代不詳のインドの医療系定期刊行物に記載されていたとするインド系列の存在。これが1936年に始まり、除細動器開発者であるLownの1996年の著作で引用されて広まっている。
  • 「ブアメード」という名は、笠巻勝利(1998)以前に見当たらない。


はじまり


[The Lancet Vol 127 No 3277 Jun 19, 1886, p.1175 "CAN IMAGINATION KILL?"]


The writer of the article in our contemporary, we think wrongly, brings forward two remarkable instances of what may be regarded as practical jokes with melancholy terminations. In the case of the convict delivered up to the scientist for the purpose of a psychological experiment (the man was strapped to a table and blindfolded, ostensibly to he bled to death; a syphon containing water was placed near his head, and the fluid was allowed to trickle audibly into a vessel below it, at the same time that a trifling , scratch with a needle was inflicted on the culprit'a neck ; it is said that death occurred at the end of six minutes), fear must have played no inconsiderable share in the fatal result, and we do not knew whether all the vital organs were in sound condition, though they were presumably so.

現代に生きる、この記事の筆者は、我々が誤って考える、実用的なジョークとみなされる、2つの悲しい結末を提示しよう。心理学実験の目的のために科学者のもとへ連れてこられた囚人(台に縛り付けられ、目隠しをされ、表向きは出血死させられることにんっていた。彼の頭の近くに水の入ったサイフォンが配置され、水が音を立てて、下の容器に落ちるようになっていた。同時に、囚人の首に針で些細な傷がつけられた。そして囚人は、6分が経過すると死亡すると告げられた。)致命的な結末において恐怖が少なからぬ役割を果たしたはずだ。囚人のすべての臓器が健全な状態だったかわからないが、おそらくそうだっただろう。
これと同一の記事が他の雑誌にも、1886年に掲載されている。
この他にも...
[Columbus Medical Journal: A Magazine of Medicine and Surgery, Volume 7, p.214 (1889)]


自殺が想像によるものだという理論を支持するものとして、英国誌は2つの例を参照している。うち一つは医学系文筆家には、よく知られているものである。ひとつめの例は、実験目的で医学関係者の手に委ねられた死刑囚。彼は目隠しされ、出血死させられると信じ込まされた。彼は静脈に傷をつけられたと思い、傷口から出血するのを感じ、それが下の容器に落ちる音を聴いた。彼は瀉血によるものであるかのように、死亡した。

[Items of Interest, Volume 8, p.361 (1886)]

これを見ると、Lancetに掲載された、憂鬱な結末を迎えた実用的なジョークとみなせるかもしれない2つの例を思い出す。ひとりの死刑囚が心理学実験のために、科学者のところへ連れてこられた。男は台(table)に固定され、目隠しをされ、出血死させられると思い込まされた。水を入れたサイフォンが彼の頭部の側に置かれ、下に置かれた容器に音を立てて水が落ちるようになっていた。同時に、死刑囚の首には、わずかに傷をつけられた。6分後に彼は死亡したと言われる。...

一方、1887年に、Lancetを引用することなく、同じ話に尾ひれを付けた記事が登場している。
[Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887)]


数年前、フランス皇帝ナポレオン3世は、あるフランスの医師に死刑囚に対する実験を許可した。死刑囚は医師のところへ連れてこられ、台(table)に固定され、目隠しをされ、出血死させられると思い込まされた。うなだれた頭部の近くに水の容器が置かれ、サイフォンによって、音を立てて下の床に落ちるようになっていた。と同時に、死刑囚の首に鍼で些細な傷がつけられた。完全な静寂が保たれ、6分後に男は死亡した。

既に、この時点でナポレオン3世と「フランスの医師」が付け加えられている。また、"some years ago"とは言うものの、実際にはナポレオン3世死後17年後の記事であり、「直近の出来事」ではないという記述をしている。直近だと納得感がないのかもしれない。


フランス語圏へ



Lancetの1886年の記事はフランスでも紹介されている。同じ1886年には、出典をLancetと明記しつつ、「前世紀に英国で有罪判決を受けた」ことにした記事が出ている。
The Lancet rapproche de ce cas tout récent deux exemples de cruelle mystification, ou la mort survint également sous le coup d'une profonde terreur.

The Lancetは、深い恐怖の影響のもとでの、残酷な神秘あるいは死亡の、最新の例を2つ挙げている。

Le premier est le cas classique d'un condamné anglais du siècle dernier, livré à des médecins pour servir à une expérience psychologique, dont la mort fut le résultat. Ce malheureux avait été solidement attaché à une table avec de fortes courroies; on lui avait bandé les yeux, puis on lui avait annoncé qu'il allait être saigné au cou et qu'on laisserait couler son sang jusqu'à épuisement complet; après quoi, une piqûre insignifiante fut pratiquée à son épiderme avec la pointe d'une aiguille, et un siphon déposé près de sa tête, de manière à faire couler sur son cou un filet d'eau qui tombait sans interruption avec un bruit léger, dans un bassin placé à terre. Au bout de six minutes, le supplicié, convaincu qu'il avait dû perdre au moins sept à huit pintes de sang, mourut de peur.

第一は前世紀に英国で有罪判決を受け、心理学実験のために医師たちのもとへ送られて死亡した古典的な例である。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、パイプが配置された。6分後に、少なくとも7〜8パイントの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。

[Annales médico psychologiques (1886)]
この第2パラグラフは、その後、数回、フランス語の雑誌に登場している。

このフランス語の記事が、Camille FlammarionのL'inconnu - The unknown (1900)(英語版)のもととなっているようである。
[CAMILLE FLAMMARION: "THE UNKNOWN", NEW YORK AND LONDON, HARPER & BROTHERS PUBLISHERS, 1900, p.338]

An idea, an impression, a mental commotion, while entirely internal, can produce in another direction physiological effects more or less intense, and is even capable of causing death. Examples are not wanting of persons dying suddenly in consequence of emotion. The power which imagination is capable of exercising over life itself has long been established. The experiment performed in the last century in England on a man condemned to death, who was made the subject of a study of this kind by medical men, is well known. The subject of the experiment was fastened securely to a table with strong straps, his eyes were bandaged, and he was then told that he was to be bled from the neck until every drop of his blood had been drained. After this an insignificant puncture was made in his skin with the point of a needle, and a siphon arranged near his head in such a manner as to allow a continuous stream of water to flow over his neck and fall with a slight sound into a basin placed on the floor. At the end of six minutes the condemned man, believing that he had lost at least seven or eight quarts of blood, died of terror.

ひとつの考え、ひとつの印象、そしてひとつの精神的動揺が、内的ではあっても、別の方向の生理現象を大なり小なり引き起こし、ときには死に至らしめることもある。感情の帰結として突然死した人々の例には事欠かない。生命さえも奪ってしまう想像の力の存在は確立された事実である。前世紀に英国で、医師たちによる、この種の研究の被験者となった死刑囚に対して行われた実験はよく知られている。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、包帯で目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、サイフォンが配置された。6分後に、少なくとも7〜8クォートの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。
ただし、Flammarionはフランス語版では「1750年のコペンハーゲン」での出来事と書いている。
Une idée, tout intérieure, une impression, une commotion mentale peut, à l’inverse, produire des effets physiologiques plus ou moins intenses, et même amener la mort. Il ne manque pas d’exemples de personnes mortes subitement à la suite d’une émotion. La preuve est donnée depuis longtemps des effets de la puissance de l’imagination sur la vie elle-même. Personne n’a oublié l’expérience faite à Copenhague en 1750 sur un condamné, livré à des médecins pour une étude de ce genre, et qui fut observé jusqu’à la mort inclusivement. Ce malheureux avait été solidement attaché à une table avec de fortes courroies ; on lui avait bandé les yeux ; puis on lui avait annoncé qu’il allait être saigné au cou et qu’on laisserait couler son sang jusqu’à l’épuisement complet ; après quoi une piqûre insignifiante fut pratiquée à son épiderme avec la pointe d’une aiguille, et un siphon déposé près de sa tête, de manière à faire couler sur son cou un filet d’eau qui tombait sans interruption avec un bruit léger, dans un bassin placé à terre. Le supplicié convaincu qu’il avait dû perdre 7 à 8 litres de sang, mourut de peur.

ひとつの考え、ひとつの印象、そしてひとつの精神的動揺が、内的ではあっても、別の方向の生理現象を大なり小なり引き起こし、ときには死に至らしめることもある。感情の帰結として突然死した人々の例には事欠かない。生命さえも奪ってしまう想像の力の存在は証明された事実である。1750年にコペンハーゲンで行われた、この種の研究のために医師たちのもとに送られ、死ぬまで観察された死刑囚に対する実験は誰も忘れていないだろう。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、パイプが配置された。6分後に、少なくとも7〜8リットルの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。

[Camille Flammarion: "Línconnu" quoted in Blog União Fraterna Bezerra de Menezes]



英語圏での変容と、"インド"系列



1922年のThe Toledo News-Beeの記事では、英国の医科大学で起きたことになっていた。



英国の医科大学で、患者が話したり動いたりできず、感覚もなくなるように麻酔薬を投与された。眼には包帯が巻かれた。外科医は尖ったツララで、彼の心臓近くの皮膚をなぞった。そして、動脈を切断したと叫んだ。暖かい水が彼の横を滴り落ちた。患者は、出血死すると信じて、手術台の上で死亡した。想像が彼を殺した。

[The Toledo News-Bee - Oct 25, 1922 "All in the mind" by Toledoan]
1926年に「数年前にフランスの医師」が行った実験として、現Tampa Bay Times(当時St. Petersburg Times)が紹介している。


数年前、著名なフランスの医師が、死刑判決を受けた囚人に対して、想像の効果を検証する実験を許可された。男は目隠しをされ、台に縛り付けられ、動脈を開き、死ぬまで出血させると告げられた、彼の頭の近くには水を入れたボウルが置かれ、管を通して水が流れ出て、床の洗面器に落ちるようになっていた。準備が整うと、医師は囚人の首を針で少し傷つけた。コックが開けられて、水がポタポタポタと落ちていった。5分が経過し、コックが閉じられた。男は台の上から降ろされた。男は死んでいた。

[St. Petersburg Times - Feb 21, 1926 (Currently Tampa Bay Times)]
さらに、1930年3月に幾つかの米国の新聞に登場した。
[Arthur Brisbane: "THIS WEEK" Appleton review Vol. 1, no. 11 (March 28, 1930), also on Cass City Chronicle (March 27, 1930), and Rochester Evening Journal - Mar 18, 1930]

What people think decides what they are. Prosperity is to a considerable extent a matter of psychology.

Once a man was fastened in a chair, his feet put in warm water, and as a practical joke he was shown a razor of which the blunt end was drawn across the soles of his bare feet. He was told, "You will bleed to death painlessly in this warm water." He didn't lose a drop of blood, but he died.

Don't let prosperity die in that fashion, killed by imagination.

人は自分で考えることで、自分を規定してしまう。幸運は相当程度に心理学の問題である。

ある男が椅子に縛り付けられ、足を温水の中につけられて、それらしいジョークのために彼は剃刀を見せられ、彼の裸足の裏全体をなぞられた。彼は「おまえは、痛みもなく、この温水の中に出血して死ぬだろう」と告げられた。彼は一滴の血を失うことなく死亡した。

想像で死ぬという形で、幸運を死なせてはならない。




Flammarion系列か分岐したのかどうかわからないが、Archives of Neurology and Psychiatryという学術誌に、同様のネタを「インドの医療系雑誌に掲載されていたネタ」して記載している記事があった。
Emotions as the Cause of Rapid and Sudden Death. Dr. N. S. Yawger.

Years ago, a medical periodical in India published an article entitled 'Killed by the Imagination'. In substance it stated: A celebrated physician, author of a work on the effects of the imagination, was permitted to try an astonishing experiment on a criminal who had been condemned to death. The prisoner, an assassin of distinguished rank, was advised that, in order that his family might be spared the further disgrace of a public hanging, permission had been obtained to bleed him to death within the prison walls. After being told 'Your dissolution will be gradual and free from pain', he willingly acquiesced to the plan. Full preparations having been made, he was blindfolded, led to a room and strapped onto a table near each corner of which was a vessel containing water, so contrived that it could drip gently into basins. The skin overlying the blood vessels of the four extremeties was then scratched, and the contents of the vessels were released. Hearing the flow of water, the prisoner believed that his blood was escaping; by degrees he became weaker and weaker, which, seemingly, was confirmed by the conversation of the physicians carried on in lower and lower tones. Finally, the silence was absolute except for the sound of the dripping water, and that too died out gradually. 'Although possessed of a strong constitution (the prisoner) fainted and died, without the loss of a drop of blood.'

数年前、インドの医療定期刊行物に「想像力による殺人」と題する記事が掲載された。その記事には次のように書かれていた: 想像力の効果についての研究の執筆者である著名な医師が、死刑判決を受けた犯罪者を対象とした驚くべき実験を許可された。高ランクの暗殺者である囚人は、彼の公開処刑によって彼の家族が屈辱を受けることを避けるために、刑務所の壁の中で出血死をする許可が与えられたと告げられた。「死は徐々にやってきて、痛みは感じないだろう」と告げられると、彼は喜んで計画に従った。完全な準備がなされ、彼は目隠しをされ、部屋に連れてこられ、台の上に固定された。台の四隅には水の入った容器があり、ゆっくりと水が床へと滴るようになっていた。四肢の先端の血管を覆う皮膚が傷つけられ、容器の水がリリースされた。水の流れる音を聞いて、囚人は自分の血が流れ出ていると信じた。医師たちの会話の声が次第に低くなるのを聞いて、彼は自分が弱っていくのを確認できた。そして最後には、水の滴る音以外は静寂となり、彼は徐々に死亡した。「囚人は健康体だったが、一滴の血液も失うことなく、気絶して死亡した。」

[PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY: Stated Meeting, Nov. 22, 1935. F. C. Grant, M.D., President, in the Chair, Arch Neurol Psychiatry. 1936;36(4):869-890. (1999K) (via Gary Bruno Schmid & Bernardo N. De Luca)]
想定出血ポイントが首ではなく四肢先端になっているが、それ以外はFlammarionの記述と違っていないので、インドの医療定期刊行物は存在せず、Flammarionのネタをそれっぽく語っただけという疑いもある。

雑誌掲載の年代すら記載されず、場所も時代もわからない記事だが、これを信じたのが、1921年生まれで、除細動器の開発者であり、1985年にノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師会議の提唱者である、Bernard Lownである。彼は、1996年に出版した「The Lost Art of Healing」の中で...
My interest in the psychological was constantly rearoused by clinical observation and by studying the encyclopedic literature. A report in an Indian medical periodical, "Killed by the Imagination"* left and indelible impression early in my carrier.

臨床観察や百科事典的記述の研究により、私の心理学への興味が、くりかえし、かきたてられる。インドの医療系定期刊行物に掲載された「Killed by Imagination"は、消せない印象を私のキャリアに残した。

A Hindu physician was authorized by prison authorities to conduct an astonishing experiment on a criminal condemned to death by hanging. The doctor pesuaded the prisoner to permit himself to be exsanguinated -- bled to death -- assuring him that death, though gradual, would be painless. The convict, on agreeing, was strapped to a bed and blindfolded. Vessels filled with water were hung at each of the four bedposts and set up to drip into basins on the floor. The skin on his four exremities was scratched, and the water began to drip into the containers, initially fast, then progressively slowing. By degrees the prisoner grew weaker, a condition reinforced by the physician's intoning a lower and lower voice. Finally the silence was absolute as the dripping of water ceased. Although the prisoner was healthy young man, at the completion of the experiment, when the water flow stopped, he appeared to have fainted. On examination, however, he was found to be dead despite not having lost not a drop of blood.

あるインドの医師が、驚くべき実験を絞首刑を宣告された犯罪者に対して行う許可を、刑務所当局から得た。医師は受刑者を説得して、放血すなわち出血死をすることを許諾させた。それは緩慢だが痛みのない確実に死に至る方法である。受刑者は同意のもとで、ベッドに固定され、目隠しされた。ベッドの4つの支柱に、水の入った容器が取り付けられ、床の洗面器に流れ落ちるようにセットされた。彼の四肢の皮膚が引っ掻かれ、水が洗面器に流れ落ち始めた。最初は急速に、そして次第に緩慢に。受刑者が弱る度合いに従い、医師が声のトーンを低くすることで、状況が強化された。水の流れが止まると、静寂が訪れた。実験されたとき、受刑者は健康な若者だったが、水の流れが止まると、意識を失った。検査の結果、彼は一滴の血も失うことなく、死亡していた。

Over the centuries, a wealth of similar anecdotes has been amassed. The medical profession has long known that nervous activity influences every part of the body. Nearly 350 years ago, William Harvey, discoverer of the circulation of the blood, stated: "Every affection of the mind that is attended with either pain or pleasure, hope or fear is the cause of an agitation whose influence extends to the heart."

幾世紀にもわたり、同様の逸話が多く積み上げられてきた。医療従事者は長きにわたり、神経活動が身体のあらゆる場所に影響することを知っていた。350年ほど前、血液循環の発見者であるWilliam Harveyは「心のあらゆる影響は、苦しみであれ楽しみであり、希望であれ恐怖であれ、興奮を引きこ起こし、その影響は心臓にも及ぶ」と書いている。

*N.S. Yagwer, "Emotions as a Cause of Rapid and Sudden Death", Archives of Neurology and Psychiatry, 36 (1936), 875.

[Bernard Lown:"The Lost Art of Healing"(1996/09/30), pp.31-32]
これにより、インドの医師ということになった。

この記述は、その後、幾つかの本で引用されている。たとえば...
In 1936, in India, recounts Nobel Laureate Bernard Lown in "The Lost Art of Healing," an astonishing experiment was conducted on a prisoner condemned to die by hanging. He was given the choice instead of being "exsanguinated," or having his blood let out, because this would be gradual and relatively painless. The victim agreed, was strapped to the bed and blindfolded.

Unbeknownst to him, water containers were attached to the four bedposts and drip buckets set up below. Then after light scratches were made on his four extremities, the fake drip brigade began: First rapidly, then slowly, always loudly. "As the dripping of water stopped, the healthy young man's heart stopped also. He was dead, having lost not a drop of blood."

ノーベル賞受賞者Bernard Lownは自著"The Lost Art of Healing"で、「1936年にインドで、絞首刑判決を受けた受刑者に対して、驚くべき実験が行われた」ことを語っている。受刑者は、「放血」すなわち、出血による死を選択する権利を与えられた。それは比較的、緩慢かつ痛みの小さい死に方であったからだ。受刑者は同意し、ベッドに固定されて、目隠しされた。

彼が知らないうちに、水の入った容器が、ベッドの4つの支柱に取り付けられ、その下にバケツが置かれた。そして、彼の四肢に小さな傷がつけられ、フェイクな水滴が流れ始めた。最初は急速に、そして次第に緩慢に、常に音を立てて。「水の滴りが止まると、健康な若者の心臓も停止した。彼は一滴の血液も失うことなく死亡した。」

[Bill Sones & Rich Sones Ph.D.: "Strange but true: Loud drips can scare you to death" (2004/01/05)]
年代不明だったのが、1936年の話になった。この話は、さらに引用されて広まっている。

一方、別のストーリーも今世紀に生き残っている。
Another dramatic example of the power of expectancy involves an inmate who was in prison and sentenced to be executed, He was offered a chance to participate in a research project and told that if he lived through it his sentence would be reduce to life in prison. The prisoner consented and the experiment was conducted. They wanted to find out how much blood a person could lose and still live.

The researchers placed the prisoner in a darkened operating room and made a very slight incision. Very little blood was lost through the incision. But they arranged for sound effects to simulate the dropping of blood which the prisoner believed was his own blood. The next morning, the researchers came into the operating room and found the prisoner had died, He died of his belief that he was bleeding to death. By the way, this study was conducted in the early 20th century and certainly wouldn't be sanctioned under our new AMA guidelines.

期待の力のドラマティックな別の例は、死刑宣告され、刑務所に収容されている受刑者の例である。その受刑者は、研究プロジェクトに参加して、もし生存できれば無期懲役に減刑されると告げられた。受刑者は実験への参加を承諾し、実験が行われた。彼らは、人間からどれだけ血液が失われても、生きていけるか、調べようとしていた。

研究者たちは、その受刑者を暗い手術室において、とても些細な傷をつけた。その傷から、些細な量の血が流れた。しかし、研究者たちは、音響効果を用意し、受刑者には自分の血が流れ続けているのだと信じ込ませた。翌朝、研究者たちが手術室に入ると、受刑者は死亡していた。受刑者は、自分が出血して死亡するのだという信念によって死亡していた。ところで、この研究は20世紀初頭に行われたもので、我々の新たな米国医師会基準のもとでは、認可されることのない研究である。

[Berge Minasian: "The Power of Choice: Living the Life You Always Wanted and Absolutely Deserve" (2010)]



そして、日本へ



フランスで「英国」の出来事にされた記事を基にしたと思われる、FlammarionのThe Unkown英語版が、日本で翻訳出版されたのが1924年。
[フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳: "未知の世界へ" 東京 : アルス, 大正13 (1924), P.277]
觀念、印象、精神錯亂は全く内的であるが、而も他の方面に對して、多少激烈なる心理的結果を與へ、時には死さへも惹起せしむる事がある。感情の結果、急に死んだ人の例が澤山ある。妄想の力が生命にも影響を與へ得るものだと云ふ事は、久しい前から確かめられて居た。茲に、先世紀、英國で死刑囚に行った有名な實験がある。醫者は此死刑囚をテーブルに緊かり縛り付け、目隠しをした。そして彼に向かって、首から乾く迄血を出すと告げた。それから、針の先で、分かるか分からない程に皮膚を刺した。傍らには如何にも彼の首から血が出て居る様な音を聴かしめる様に、皿の中に水の滴りを落として置いた。暫くして六分の後、其の宣告された者は、最早少なくとも六、七升の血を失つたと思ひ詰めて驚いて死んで了つた。
これを読んだと思われる谷口雅春は、1932年に、少し改変した紹介をする。
[谷口雅春: "生命の實相 : 生長の家聖典" 住吉村 (兵庫県) : 生長の家出版部, 昭和7 (1932), P.233]
或る時死刑囚を實験に供しました。先づ其の男に目隠しをしました身體を厳重に椅子に縛りつけ、さて『これから汝の頸部から一滴ずつ血液を滴らして徐々に汝の全身の血を搾り取つて了ふぞ』と宣告しました。斯く云う宣告をして 恐怖の暗示を與えた後、實験者は囚人の頸部に針の先端をもつて微細な傷をつけ、恰も局所から血が滴つてゐるかのやうに、彼の頸部に水を傳はらせて、床の上に一滴づつ音を立てて落ちるような仕掛をしておいたのであります。六分間程経過して、『サァおまえは全身の血液の三分の二を失つて了つた』と暗示しますと死刑囚はそれを信じて恐怖の余り絶命して了つたのであります。(フラマリオン:"未知の世界")
その後、1962年に少し表現を変えて...
[谷口雅春: "生命の實相 : 頭注版. 第2巻 (實相篇 下)" 東京 : 日本教文社, 1962.6, P.20]
ある時 死刑囚を実験につかいました。まず其の男に目隠しをしまして、身体を厳重に椅子に縛りつけ、さて『これからなんじの頸部から一滴ずつ血液をしたたらしてじょじょになんじの全身の血を搾り取ってしまうぞ』と宣告しました。こういう宣告をして 恐怖の暗示を与えた後、実験者は囚人の頸部に針の先をもって微細な傷をつけ、あたかも局所から血がしたたっているかのように、彼の頸部に水を伝わらせて、床の上に一滴ずつ音を立てて落ちるようなしかけをしておいたのであります。六分間ほど経過して、『サァおまえは全身の血液の三分の二を失ってしまった』と暗示しますと死刑囚はそれを信じて恐怖のあまり絶命してしまったのであります。(フラマリオン:"未知の世界")


これから派生したと思われるのが笠巻勝利の記述で、「ブアメード」という名が初めて登場している。
[笠巻勝利: "眼からウロコが落ちる本"(1999/09) (PHP文庫), pp.46-47]
1883年、オランダにおいてブアメードという国事犯を使って一つの実験が行なわれた。表面上、一人の人間からどれだけ血液をとったら人間は死ぬものかというものである。医師団はブアメードをベッドの上にしばりつけておいて、その周りで話し合いをする。「三分の一の血液を失ったら人間は死ぬでしょう」という結論に達した。医師団は、「これから実験をはじめます」といって、ブアメードの足の親ユビにメスを入れた。用意してある容器に血液がポタポタとしたたり落ちはじめた。数時間が過ぎた。医師団は「どれぐらいになりましたか?」「まもなく三分の一になります」と会話する。それを聞いたブアメードは静かに息を引きとったという。実は、医師団は心理実験をしていたのであった。ブアメードの足にメスを入れるといって痛みだけを与えたのである。ブアメードはメスで切られるといわれれば、それこそ、ちょっとした痛さでも、メスで足を切られたと思うだろう。容器に用意しておいた水滴をたらしていたのであった
この「ブアメード」という名を信じたが、その出典を示さずに、少し改変したのが長谷川淳史。
[長谷川淳史: "腰痛は<怒り>である", 2000]
ヨーロッパのある国にブアメードという名の死刑囚がいました。彼はある医師から、「人間の全血液量は体重の10パーセントが定説になっているが、それを証明する実験をしたいので協力してほしい」と持ちかけられます。申し出を受け入れた彼は目隠しをされ、ベットに横たわり、血液を抜き取るため足の全指先を小さく切開されました。足元には容器が用意され、血液が滴り落ちる音が実験室内に響き渡ります。やがて、実験開始から5時間、総出血量が体重の10パーセントを越えた、と医師が大喜びしたとき、哀れこの死刑囚はすでに死亡していました。
ところがこの実験、実は血液など抜き取っていなかったのです。彼にはただの水滴の音を聞かせ、体内の血液が失われていると思い込ませただけだったのです。彼は暗示をかけられ、その事により命をおとしたのです。
一方、Flammarionとは別の流れで書かれたと思わる、日本語記事がある。
[広告屋のネタ帳 1998. 07.25 いつも通り第9号]
アメリカの電機メーカーで作業中にある作業員が冷凍室に閉じこめられてしまった。同僚に助けを呼んでも、誰にも聞いてもらえず一晩閉じこめられ、翌日同僚が気づいたときには、彼は凍死していた。しかし、驚いたことにその冷凍室には電源が入っていなかったのである。彼は冷凍室に閉じこめられ、凍死してしまうという自己暗示によって実際に死んでしまったのである。
すると、アメリカ人というのは実験をしたくなっちゃって、囚人を使って実験を行った。死刑囚に対して、人間は血がどのくらいなくなったら死ぬのかを実験したいということをいって、死刑囚の血を抜くふりをした。あくまでふりで実際には血はほとんど抜いていない。死刑囚の見えないところでバケツに水をぽたぽたと垂らし、医師が「そろそろ危ない状態に陥ります」なんてことを言う。すると、死刑囚はしばらくして本当に死んでしまったというのだ。
最初にある「冷凍室と作業員」も100年以上にわたって世界を旅しているネタ。出典は不明である。



ブアメードの130年の旅路



以上の長い旅路をリストアップすると...

出典人名場所年代針の場所固定場所流出したと信じた量
Lancet (1886)---台(table)- (6分後)
Items of Interest (1886)---台(table)- (6分後)
Chambers's Journal (1887)------
Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887)-フランス(の医師)数年前(ナポレオン3世の許可)台(table)- (6分後)
Columbus Medical Journal (1889)------
Annales médico psychologiques (1886)-英国前世紀7-8パイント
Rochas 1887-英国前世紀7-8パイント
Flammarion (1900)[F]-コペンハーゲン1750台(table)7-8リットル
Flammarion (1900)[E]-英国前世紀台(table)7-8クォート
フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳(1924)-英國先世紀テーブル六、七升
Toledo News Bee (1922)-英国の医科大学-心臓近くの皮膚手術台-
St. Petersburg Times (1926)-フランス(の医師)数年前動脈台(table)- (5分)
Arthur Brisbane (1930)---裸足の裏全体椅子-
谷口雅春 (1932)--或る時頸部椅子全身の血液の三分の二
PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY (1935)-インド(の医学誌)-四肢の先端台(table)-
谷口雅春 (1962)--あるとき頸椎椅子全身の血液の三分の二
広告屋のネタ帳 (1998)-アメリカ----
笠巻勝利 (1999)ブアメードオランダ1883足の親指ベッド全身の1/3
長谷川淳史(2000)ブアメードヨーロッパのある国第2次大戦前足の全指ベッド全身の10%
Lowel(1996)-インド(の医師)-四肢の先端ベッド-
Sones&Sones(2004)-インド1936四肢の先端ベッド-
Minasian(2010)--20世紀初頭--(翌朝)

posted by Kumicit at 2016/03/29 05:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/03/19

メモ「ループする貧困」

貧困状態にあると、発揮できる認知能力が低下することを示す実験がある。
The poor often behave in less capable ways, which can further perpetuate poverty. We hypothesize that poverty directly impedes cognitive function and present two studies that test this hypothesis. First, we experimentally induced thoughts about finances and found that this reduces cognitive performance among poor but not in well-off participants. Second, we examined the cognitive function of farmers over the planting cycle. We found that the same farmer shows diminished cognitive performance before harvest, when poor, as compared with after harvest, when rich. This cannot be explained by differences in time available, nutrition, or work effort. Nor can it be explained with stress: Although farmers do show more stress before harvest, that does not account for diminished cognitive performance. Instead, it appears that poverty itself reduces cognitive capacity. We suggest that this is because poverty-related concerns consume mental resources, leaving less for other tasks. These data provide a previously unexamined perspective and help explain a spectrum of behaviors among the poor. We discuss some implications for poverty policy.

[Anandi Mani, Sendhil Mullainathan, Eldar Shafir, Jiaying Zhao:"Poverty Impedes Cognitive Function", Science 30 Aug 2013: Vol. 341, Issue 6149, pp. 976-980]

In a series of experiments, the researchers found that pressing financial concerns had an immediate impact on the ability of low-income individuals to perform on common cognitive and logic tests. On average, a person preoccupied with money problems exhibited a drop in cognitive function similar to a 13-point dip in IQ, or the loss of an entire night's sleep.

一連の実験で、研究者たちは、金銭的懸念が差し迫ると、低収入な人々の、一般的認知及び論理テストを実行する能力に直接影響が及ぶことを発見した。平均的には、事前に金銭問題に心奪われると、IQで13、他の人々より認知機能が低下する。

[Poor concentration: Poverty reduces brainpower needed for navigating other areas of life (2013/08/29) on Princeton]
これは、一時的な現象だが、成長過程で家庭が貧困である場合、恒久的な影響が出ることがある。たとえば、貧困は子供の教育機会を限定する。
Poverty limits opportunities for parents to teach their children.

Like any other kind of thinking, self-control can be taught. Children do better at self-control (and in school) when their parents teach them to solve problems independently and to participate in decisions. But that kind of involved parenting takes time, and financially poor parents are often “time poor” too. Family factors, such as nurturance and stimulation, that are limited by time poverty are directly linked to mental development. Furthermore, it makes sense that people living in poor, dangerous neighborhoods don’t give their children as much autonomy as people living in less dangerous neighborhoods. As a result, poor working parents are prevented from−not incapable−of teaching self-control to their children.

他の思考と同様に、自制心も教えることができる。親が子供に、問題を自分で解くことを教え、判断に参加することを教えれば、子供たちは、自制できるようになり、学校でもうまくやれるようになる。愛情を込めた養育や刺激など、貧しい生活に制約を受ける家族要因が、精神の発達に直接影響する。さらに、貧困で危険な近隣に住む人々は、安全な地域に住む人々ほどには、子供に自主性を与えられない。けっけとして、貧しく両親が働く家庭では、子供たちが自制心を学ぶことは困難である。

[Elliot T Berkman Ph.D.:"5 Reasons Why Poverty Reduces Self-Control" (2015/09/05) on PsychologyToday]
そして、貧困は、自分に何ができるかについてのビジョンが限定される。
Poverty restricts people’s vision of what is possible.

The Little Engine Who Could thought she could climb up the hill before she actually did. She had what psychologists call “self-efficacy,” the belief in her own abilities. An important source of self-efficacy is watching similar others accomplish goals. Poverty doesn’t occur in isolation, so children growing up in poor neighborhoods are short on models of people who escape poverty and long on models of people who do not. A child born in the bottom fifth of the income distribution has less than a one-in-ten chance of moving to the top fifth, and even the brightest poor children are still less likely to complete college than average wealthy children. Based on observing those around them, children in poverty have little reason to have high self-efficacy about self-control.

リトルエンジンは、実際に丘に登る前に、それができると考えていた。これは心理学者の言う「自己効力感」で、自分の能力への信条である。自己効力感の重要な源泉は、自分と似た誰かがゴールを達成するのを見ることである。貧困は単独では発生しないので、子供たちは貧困な近隣の中で育つ。そこでは、貧困から脱出する者は少なく、多くは貧困のままである。収入が下位1/5の家庭に生まれた子供が、上位1/5に移行する確率は1/10以下であり、賢くても貧しいい子供は、平均的な収入の家庭の子供よりも、大学を卒業する確率は小さい。自分の周囲の観察から、貧しい家庭の子供たちは、自制心について、高い自己効力感を持つ理由はほとんどない。

[Elliot T Berkman Ph.D.:"5 Reasons Why Poverty Reduces Self-Control" (2015/09/05) on PsychologyToday]
貧困家庭で育つことで、貧困から脱出する意思や能力が育たないという、ループが形成されているもよう。
posted by Kumicit at 2016/03/19 13:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/03/14

物理科学における発展をあっというまにパクって...

「ニセ医療は、物理科学における発展をあっというまにパクって、生物学的効果の話に悪用する。100年前はラジウム。ラジウムと同じくらい古い「量子」は今もニセ医療屋「量子ヒーラー」たちに悪用されている。
もちろん「E=MC^2」もホメオパスのアフォネタに使われる。そして直近は「重力波」。

このようなクソのようなアフォネタが垂れ流され続けるのは、それが銭儲けに役立つからに他ならない。「我々」の間では、笑いものになったが、「彼ら」の間ではそうではないからだ。

そして、それらと並んで、ニセ医療屋やニセ科学屋が好むネタに、ゲーデルの不完全性定理がある。もちろん、彼らの不完全性定理もポエティックあるいはスピルチュアルなメタファーで、元々の意味など欠片も残っていない。
Some people get tempted to use Gödel's theorem as an escape hatch for their own pet theories that they consider "true but unprovable". Math cannot prove everything, therefore logical discussion of God is futile, so there! However, Gödel's theorem has a precise mathematical formulation, and so do the mathematical concepts of logical truth and provability; to even consider the truth or provability of a statement, it first needs to be formalized in the language of mathematical logic. "God", as an idea grounded in our imprecise maps of the real world, is clearly not a well-defined logical formula whose truth or falsehood is even meaningful to consider as a consequence of purely mathematical theories. This argument falls into not even wrong territory.

「正しいが証明不可能」と考えるお気に入りの理論のための脱出口として、ゲーデルの定理を使いたがる人々がいる。数学はすべてを証明できるわけではなく、したがって神の論理的議論は意味がない。さあ、どやあ! しかし、ゲーデルの定理は正確な数学的形式を持っており、論理的正しさと証明可能性についての数学概念を持っている。ステートメントの正しさや証明可能性を論じるだけでも、まず数学論理の記述で、定式化しなければならない。リアルワールドの不正確なマップ上に位置する考えである「神」は、純数学理論の帰結として考えるために、真偽が有意味になるように、明確に定義された論理定式でないことは明らかだ。この種の論は、「間違ってすらいない」論でしかない。

[Rationalwiki: Gödel's incompleteness theorems"]
数学者David Joyceは、エグゼクティブサマリーを読んで誤解する人々が多いという点を指摘しつつ...
People are romantics. They desire the unknown and the unknowable. They seek mysteries. The incompleteness theorems say something like "there's something that's true but we can't know it." The theorems justify their desire for mystery, and they latch on to them. Nonetheless, the incompleteness theorems don't apply outside of formal mathematics.

人はロマンティックだ。人は未知や知りえないことを求める。人は謎を求める。不完全性定理は「正しいが、知りえないことがある」というような感じのことを言っている。定理は、謎への欲求を正当化する。人はそれにしがみつく。しかし、不完全性定理は、数学定式化の外側には適用できない。

[David Joyce: Answer #1Why are Gödel's incompleteness theorems so misunderstood and abused?]
posted by Kumicit at 2016/03/14 09:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/02/29

謝らない謝罪: 遺憾とregret

「遺憾だと思う」「遺憾の意を示す」といった表現は、発言者自身に対して使えば「謝らない謝罪」になり、他者に対して使えば「弱い批判」となる。昭和日本の政治用語っぽいが、英語では"regret"という単語に相当し、英語圏でも「謝らない謝罪」と表現として使われている。たとえば、米国の例で...
On the Sunday, May 19 edition of CNN's Reliable Sources, host Howard Kurtz read a statement from Jonathan Karl, chief White House Correspondent for ABC News in response to his reporting on altered emails related to the Sunday talk show talking points following the attacks on the U.S. diplomatic mission in Benghazi, Libya in September 2012. Karl now expresses regret about his original reporting on May 10th on the Benghazi emails. The statement reads:
Clearly, I regret the email was quoted incorrectly and I regret that it’s become a distraction from the story, which still entirely stands. I should have been clearer about the attribution. We updated our story immediately.

不正確にメールを引用されたことを遺憾に思う。全体的にはまったく正しい公表記事から、逸脱したものだったことをstrong>遺憾に思う。我々は出典を明示すべきだった。ただちに、我々は公表記事を修正した。

-Jonathan Karl, ABC News Chief White House Correspondent
[ABC News' Jonathan Karl addresses criticism on reporting of the Benghazi talking points controversy (2013/05/19)]
何を言っているのわからない英語だが、DailyKosなどが報道しているように、「Nopology」の例である。

英国でも2014年にこんな「遺憾の意の表明」が報道されている。
Lord Rennard personally accepts the full report of Alistair Webster QC as given to him on March 7th in its entirety.

He would therefore like to apologise sincerely for any such intrusion and assure them that this would have been inadvertent.

He hereby expresses his regret for any harm or embarrassment caused to them or anything which made them feel uncomfortable.

Lord Rennard wishes to make it absolutely clear that it was never his intention to cause distress or concern to them by anything that he ever said or did.

Rennard卿は、Alistair Webster勅選法廷弁護士から3月7日に受け取った報告書全体について個人的に記載内容を認めた。

したがって、彼はそのような侵害行為について彼らに真摯に謝罪し、それが確かに故意ではなかったと彼らに納得してもらうことを希望している。

これによって、彼は、彼らに生じたいかなる被害や困難や、彼らを不快にさせたことすべてについて、遺憾の意を表明した

Rennard卿は、自分の言動で、彼らに苦痛や懸念を生じさせる意図がなかったことを、明確にすることを求めている。

[quoted in Lord Rennard Says Sorry To 'Harassment' Women (2014/05/29) on skynews]
典型的な「謝らない謝罪」である。
posted by Kumicit at 2016/02/29 05:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/02/28

被害者叩きをすることで、加害者を免責し、被害者から救援を求める意志すら奪い去る

ぼくらは「世界が安全で、良き人に良きことが訪れ、悪い人は悪いことに見舞われるという」公正世界を築くために行動するのではなく、被害者を叩くことで、世界が公正世界であるという信念を守ろうとする、どうしようもないやつらであるらしい。

そして、被害者叩きをすることで、加害者を免責し、被害者から救援を求める意志すら奪い去る。
被害者叩きと虐待関係

センターの主たる目標の一つは、被害者が、安全とリソースとサポートにアクセスするのを阻害している障壁をとりのぞき、アクセスしやすくすることです。被害者叩きは、これらの障壁の一つであり、被害者を大きな危険にさらすことになります。


なぜ危険なのか?

被害者叩きは、被害者を過小評価し、被害者が進んで虐待を訴えるのを難しくします。被害者がもし、あなたや社会が虐待の被害者を叩いていると知れば、進んで被害を訴えることが安全なこと、あるいは安心できることだとは思えなくなるでしょう。

被害者叩きは、虐待加害者が言い続けてきたこと「被害者の落ち度で虐待が起きているのだ」を強めることになります。虐待は被害者の落ち度によるものではなく、虐待の解決は被害者の責任ではありません。それは虐待加害者のせいです。被害者叩きをすることで、虐待者たちが責任を回避しつつ、虐待関係や性的暴行を続けることを可能としてしまうのです。


なぜ被害者叩きをするのか?

被害者叩きを止めるのに、まず、なぜ人々が被害者叩きをするのか、理解することが役立つでしょう。被害者叩きの理由の一つは、不幸な出来事から距離をとることで、自分にはそのようなことは起きないのだという間違った気分を得られることです。被害者を叩くことで、被害者は自分たちとは違うのだと見ることできます。人々は「自分は、その被害者のような人間ではない。自分はそんな行為はしていないから、自分にはそのようなことは起きるはずがない」と考えて、自分自身を安心させる。そのような被害者叩きが役に立つ反応ではないことを、人々に理解してもらう必要があります。


被害者叩きとはどんなものか?

よくある被害者叩き文:

  • 「彼女が彼を怒らせた」
  • 「両者に問題があった」
  • 「彼女は彼と結婚すべきではなかった」
  • 「彼女は酔っていた」


被害者叩きの例: 「彼女が彼を怒らせて、虐待を招いた。二人とも改める必要がある。」

現実: この文は、被害者も虐待加害者と等しく瀬金があることを仮定しています。しかし、実際には、虐待は加害者が意図的に行った選択です。虐待加害者はパートナーの行動に対するリアクションについて、虐待以外に選択肢があります; 歩み去る・少し会話する・なぜその行動に苛立つのか丁寧に説明する・別れる・など。さらに、虐待は、加害者が被害者を痛めつける独立した行動ではありません。むしろ、パートナーをに対してどんなことでもできるという虐待加害者の権力感情です。友人や家族が、虐待に中立の立場をとり、「二人とも改める必要がある」と言うなら、それは、虐待加害者を免責し、虐待加害者と共謀して、被害者がサポートを受けにくくしています。

被害者叩きの言語表現
被害者叩きの最大の要因の一つは、物の言い方です。虐待や性的暴力にまつわる言語表現によって、ただちに、加害者から被害者へと注目点をずらすことにります。以下は、Julia Penelopeが作り、Jackson Katzがよく用いる例で、言語表現が被害者叩きとなることの例示です:

  • ジョンがメアリーを殴った: 能動態で書かれ、誰が暴力をふるったか明白です。
  • メアリーがジョンに殴られた: 受動態に変わり、メアリーが先に出てきます。
  • メアリーが殴られた: ジョンが文から完全に消え去ります。
  • メアリーは虐待されている女性である: 虐待されている女性であることが、メアリーのアイデンティティの一部となっていて、ジョンはこの文には存在しません。

以上のように、注目の対象がジョンからメアリーへと完全にシフトし、話を聞いた人々に、加害者の行動ではなく、被害者の行動に注目するように誘導している。


...

["AVOIDING VICTIM BLAMING" on Center for Relationship Abuse Awareness]

タグ:被害者叩き
posted by Kumicit at 2016/02/28 14:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/02/27

メモ「消えた"accessible"を追って」

”人類は地球の地表を流れる真水の半分以上を、主に農業に用いている。地表面の水が利用できなくなれば人類は地下水に依存するが、これには化石水が含まれる。化石水は使ってしまうと回復しない。” http://sciencebook.blog110.fc2.com/blog-entry-950.html
『環境人類学を学ぶ人のために』P・タウンゼンド
[@endBooks]

「人類は地表を流れる真水の半分以上を主に農業に使っている」というのは、世界全体の定量的記述としては正しくない。世界の川の流量は約40兆トン/年、人が使う水は約4兆トン/年、うち灌漑用水は約3兆トン/年である。著者は何か違うことを述べたかったのかもしれないが。 @endBooks
[@masda_ko_1]
のつづき...

原文では"accessible"が入っている。
Humans have taken over more than half of the world's resources for their own use, leading some ecologists to speak of domination of Earth's ecosystems. Humans use more than half of the world's accessible surface fresh water, much of it in agriculture.

[Patricia K. Townsend: "Environmental Anthropology" (2008), p.93]
これの出典は、おそらくVitousek et al (1997)あたり:
Human alteration of Earth is substantial and growing. Between one-third and one-half of the land surface has been transformed by human action; the carbon dioxide concentration in the atmosphere has increased by nearly 30 percent since the beginning of the Industrial Revolution; more atmospheric nitrogen is fixed by humanity than by all natural terrestrial sources combined; more than half of all accessible surface fresh water is put to use by humanity; and about one-quarter of the bird species on Earth have been driven to extinction. By these and other standards, it is clear that we live on a human-dominated planet.

[Peter M. Vitousek, Harold A. Mooney, Jane Lubchenco, Jerry M. Melillo: "Human Domination of Earth's Ecosystems", SCIENCE, Volume 277, Number 5325, Issue of 25 Jul 1997, pp. 494-499. (COPY)]
Abstractだと、これだけだが、本文だと"more than half of the runoff water that is fresh and reasonably accessible"という記述:
Water. Water is essential to all life. Its movement by gravity, and through evaporation and condensation, contributes to driving Earth's biogeochemical cycles and to controlling its climate. Very little of the water on Earth is directly usable by humans; most is either saline or frozen. Globally, humanity now uses more than half of the runoff water that is fresh and reasonably accessible, with about 70% of this use in agriculture (20) (Fig. 2).

20: S. L. Postel, G. C. Daily, P. R. Ehrlich, Science 271, 785 (1996)

[Peter M. Vitousek, Harold A. Mooney, Jane Lubchenco, Jerry M. Melillo: "Human Domination of Earth's Ecosystems", SCIENCE, Volume 277, Number 5325, Issue of 25 Jul 1997, pp. 494-499. (COPY)]
この出典であるPostel et al.(1996)は:
PostelEtAl1996Fig2.PNG
[Sandra L. Postel, Gretchen C. Daily, Paul R. Ehrlich: "Human Appropriation of Renewable Fresh Water", Science, New Series, Vol. 271, No. 5250 (Feb. 9, 1996), pp. 785-788]
遠隔地の河川や洪水を除外した分の半分が利用されているという推定。
posted by Kumicit at 2016/02/27 17:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/02/04

メモ「謝らない謝罪(Non-apology apology)」

「謝らない謝罪」とは文字通り、「謝らない」けど「謝罪を表明」するもので、特に「謝ったら死ぬ病」の患者が謝らざるを得ない状況になったときに使うレトリックである。
Non-apology apology (謝らない謝罪)

"non-apology apology"あるいはnonpologyとは、期待された悔恨を表明しない形式の謝罪である。これは政治及び広報において、よく使われている。これの発言者は、行動・発言・悪行について反省するのではなく、被害を受けた人が謝罪を要求している・抗議をしている・何らかの報復の脅威となっていることを残念に思っている。

"non-apology apology"の例は、ある発言によって気分を害した人に対して、「私は、あなたがそう感じていることを申し訳なく思う(I'm sorry that you feel that way)」と言うことである。この謝罪は、何か問題があったことを認めていない。さらに、「最初の発言で気分を害したことは、その人が非常に怒りっぽいか、非合理的である」と、ほのめかしていると、とらえられるかもしれない。別形式の"non-apology"の形式は、傷ついたり侮辱されたりした人へ直接には謝罪せず、「気分を害したかもしれない誰か(to anyone who might have been offended)」に対する、ジェネリックな謝罪を行うことである。

「"sorry"を使っているが、不正行為の責任を表明していない」謝罪発言は、後悔の意味ある表明かもしれないが、誤りを認めずに、許しを求めるときにも使える。


「謝らない謝罪」の一つの形式は「間違いが起きた(Mistakes were made)」である。
Mistakes were made (間違いが起きた)

「間違いが起きた(Mistakes were made)」は発言者が「事態がまずく、あるいは不適切に対処された」を認めつつ、誰が間違を犯したかを特定しないことで、「直接に責任を認めたり、責任追及されたりすること」を避けようとするものである。間違いを犯した人への直接の言及を避けて、「間違い(mistakes)」を抽象的な意味で、認める。回避度を弱めた表現は「私は間違いを犯した(I made mistakes)」や「John Doe made mistakes」である。これの発言者は、個人的責任を認めず、誰かの責任も追及しない。「間違い(mistakes)」という単語は、意図があることを意味しない。


もう一つの、よくつかわれる「謝らない謝罪」の方法は「もし〜なら、謝罪する(if apology)」である。
The "if apology"

"The Art of the Apology"の著者で、弁護士であり、企業倫理の専門家であるLauren Bloomは、「もし〜なら、謝罪する(if apology)」を政治家お気に入りの表現として言及し、「誰かの気分を害したとしたら、謝罪する (I apologize if I offended anyone)」という表現例を挙げている。
...
この種の謝罪は、「もし私の発言で気分を害したとしたら、謝罪する(I'm sorry if you were offended by what I said)」と言うことで、不正行為を個人的に認めることを拒否しつつ、責任を「気分を害した」人々にシフトさせる。「もし(if)」は、謝罪者が「自分が悪いことをした」ことを知らない(あるいは知る気もない)ことを意味する。あるいは、「悪いことをしたことを認めず」、したがって、「実際に反省している」からではなく、「謝罪する義務があると感じている」から謝罪するのだと見せかける。謝罪者が実際に後悔しているという形跡も、自分が悪いことをしたことから何かを学んだという形跡も見当たらない。John Kaborは自著"Effective Apology"で、「もし(if)、あるいは何らかの条件付き修飾語をつけることは、謝罪を『謝らない謝罪』にしてしまう」と書いている


2015/08/21

メモ「平均寿命と塩分と野菜と」

平成22年都道府県別生命表の概況国民健康・栄養調査 平成22年国民健康・栄養調査 年次 2010年の「都道府県別の肥満及び主な生活習慣の状況(平成18-22年,年齢調整)」から、平均寿命と塩分摂取量と野菜摂取量の関係を見ておく。

女性について...
FemaleSaltLife.PNG
FemaleVegeLife.PNG
塩分がネガテイブ、野菜がポジティブに寿命と相関している(赤色は長野県)。ただし、面倒なことに、塩分摂取と野菜摂取は正の相関にあり、塩分と寿命の関係を見ずらくしている。
FemaleSaltVege.PNG

男性についても、ほぼ同様の傾向である。
MaleSaltLife.PNG
MaleVegeLife.PNG
MaleSaltVege.PNG

なお、男性については、肥満者や喫煙者などの比率も調査されているので、相関を見ておくと...
塩分摂取(g/日) 男性(20歳以上)野菜摂取(g/日) 男性(20歳以上)歩数/日 男性(20歳以上)肥満男性(20-40歳)喫煙率 男性(20歳以上)飲酒習慣者 男性(20歳以上)
男性平均寿命-0.100.200.49-0.41-0.65-0.46
塩分摂取(g/日) 男性(20歳以上)1.000.70-0.16-0.190.230.27
野菜摂取(g/日) 男性(20歳以上)0.701.00-0.07-0.20-0.080.18
歩数/日 男性(20歳以上)-0.16-0.071.00-0.03-0.54-0.41
肥満男性(20-40歳)-0.19-0.20-0.031.000.160.05
喫煙率 男性(20歳以上)0.23-0.08-0.540.161.000.38
飲酒習慣者 男性(20歳以上)0.270.18-0.410.050.381.00

歩数・肥満・喫煙・飲酒との相関が、塩分や野菜よりも大きい。
posted by Kumicit at 2015/08/21 08:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015/08/19

米国の原発関連世論の推移

「Gallup:利用, PEW:利用増加, ABC: 建設」という質問が少しずつ違う、原子力発電に関する米国世論調査...
the use of nuclear energy as one of the ways to provide electricity for the U.S.?
[Gallup Poll 2015]

Promoting the increased use of nuclear power
[PEW 2014]

In general, would you favor or oppose building more nuclear power plants at this time?
[ABC via polling report]

PollUsNukePowerOppose2014.PNG
PollUsNukePowerFavor2014.PNG
Gallupの今世紀の傾向を見ると、2010年頃に向かって原子力支持に緩慢に傾き、その後、元にもどっているように見える。

また、調査間隔の短めなPEWだと、F1事故あたりの変動を捕捉できている。長めに見ると、Gallupほど明瞭ではないが、平均回帰している傾向が見える。

長期の数字のあるが、調査間隔が長いABCだと、今世紀の傾向は読み取れない。チェルノブイリの頃に比べれば、原子力不支持は高くないことは読み取れる。

で、この今世紀のトレンドだが、Gallup Pollのエネルギー関連の調査の「化石燃料を燃やしてエネルギーをつくる vs エネルギーを節約する」が同様の動きをしている。
GallupNukeFossil2014.PNG
エネルギー源の間を世論が動いているのではなく、ProductionとConservationの間で動いているようである。
posted by Kumicit at 2015/08/19 07:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015/07/03

東京電力の公表している電力使用量と東京の気温 (2015/06)

東京電力の過去の電力使用実績の最大需要と、気象庁の過去の気象データの東京(地点番号47662)の日平均気温を平日についてプロットした。
TepcoTokyo_201506.PNG
直近の最大電力使用量がこれまでよりも少ないことが見える。

これは日単位の電力使用量でも同様:
TepcoTokyo_201506_D.PNG

2012年以降だけを見ると...
TepcoTokyo_201506_Da.PNG
2012年と2013年はほとんど差がないが、2014年に入ると差異が見える。そして、2015年に入ると明瞭な電力使用量の減少が見られる。

そこで、2004年以降のPPSの送電端供給量の月次推移を、資源エネルギー庁の電力調査統計の「2-(8)特定規模電気事業者」の年度別Excelファイルを結合してグラフ化してみると...
PPS_201504.PNG
2010年〜2013年前半までは、PPSの商売に大きな変化は見られないが、2013年後半から送電端供給量が目立って増大している(圧倒的シェアをエネットが占める状況は変わりないが、それ以外のPPSが供給量を増加させている)。もちろん、東京電力と比べれば、ごく小さなものだが、PPS全体合計すれば、四国電力・北陸電力と同程度。
PPSPower2014.PNG
この影響が、目に見える差異になってきているもよう。
posted by Kumicit at 2015/07/03 08:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015/03/12

東京電力管内の需要と東京の気温 (Update 2015/03/11)

東京電力管内の電力需要(時別最大)と東京の日平均気温のグラフを更新してみた(使用データはこちら)。
TepcoTokyo_20150311.PNG
2012年以降は、節電状態が継続しているのか、需要への景気変動の影響は小さくなっている。

なお、2011年に設置された千葉火力3号系列(100万kW)が2014年にコンバインドサイクル化(150万kW)されたり、2013年に川崎2号系列1(50万kW)や常陸那珂2号機(100万kW)などが稼働したりで、供給力はそれなりに補充されている(これに伴い、発電効率が地を這うような緊急電源は退役)。また、
posted by Kumicit at 2015/03/12 06:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/12/04

世論調査は自分が何者であるかを計測している

これまでも、触れてきたように、科学トピックに関する世論調査は実際には「誰がそう考えているか」を問うている。自らが支持する党派性にしたがって人々は回答し、知識があれば、動機づけられた推論を行って、いかなる事実が提示されようとも考えを変えない。そして、そもそも、事実の認識すら動機づけられている。

これらは主としてDan M Kahan@Yaleの成果であるが、Chris Mooneyによって広く知られるようになっている。もちろん、Kahan教授自身も一般向けに記事も書いていて...
What people “believe” about evolution likewise has zero correlation with what people know about the scientific evidence on the natural history of human beings or about any other insight human beings have acquired by use of science’s signature methods of observation, measurement, and inference. “Belief” and “disbelief,” too, are expressions of identity.

But precisely because that’s what they are−precisely b/c free and reasoning people predictably, understandably use their reason to form and persist in positions that advance their stake in maintaining bonds with others who share their outlooks−the teaching of evolution is fraught. I’m not talking about the politics of teaching evolution; that’s fraught, too, of course. I’m talking about the challenge that a high school or college instructor faces in trying to make it possible for students who live in a world where positions on evolution express who they are to actually acquire knowledge and understanding of what it is science knows about the natural history of our species.

同様に人々が進化論ついて何を「信じている」かは、人類の自然史についての科学的証拠や、観測・計測・推論という科学の方法を使って獲得した人類の洞察についての知識と何の相関もない。「信じる」か「信じない」かは、アイデンティティの表明でもある。

しかし、正確には彼らが何者であるかが故に、すなわち、「自由で論理的な人々は、予想通り、理解できるように、彼らの論理を使って、見解を共有する人々との紐帯を維持する利害関係を進展させる立場を形成・維持する」が故に、進化論教育は困難なものとなっている。私は進化論教育の政治について語っているのではない。それもまた、困難な問題だが。私は、「進化論についての立場が、自らが何もであるかの表明となっている世界」にいる学生たちに、「実際に、人類の自然史について科学が知っていることついての知識と理解を獲得させること」に直面している、高校教師や大学講師の課題について語っている。

To their immense credit, science education researchers have used empirical methods to address this challenge. What they’ve discovered is that a student’s “disbelief” in evolution in fact poses no barrier whatsoever to his or her learning of how random mutation and genetic variance combine with natural selection to propel adaptive changes in the forms of living creatures, including humans.

After mastering this material, the students who said they “disbelieved” still say they “disbelieve” in evolution. That’s because what people say in response to the “do you believe in evolution” question doesn’t measure what they know; it measures who they are.

Indeed, the key to enabling disbelievers to learn the modern synthesis, this research shows, is to disentangle those two things−to make it plain to students that the point of the instruction isn’t to make them change their “beliefs but to impart knowledge; isn’t to make them into some other kind of person but to give them evidence along with the power of critical discernment essential to make of it what they will.

科学教育学研究者は、この課題に対処するために経験的方法を使用して成果を出している。彼らが発見したことは、進化論を「信じない」学生たちが、「いかにランダムな突然変異と遺伝分散と自然選択の組み合わせが、生物形態の適応的変化を推進する」かを学ぶことに、いかなる障壁も持っていないことである。

教科をマスターした後も、進化論を「信じない」学生たちは、やはり、進化論を「信じない」と回答する。これはもちろん、「進化論を信じるか」という問いに対する回答が、彼らが知っていることを計測していないからである。そうではなく、彼らが何者であるかを問うているからである。

確かに、進化論を信じない学生たちが現代総合進化論の学習できるようになるキーは、この研究が示すように、2つおことを分離することになる。すなわち、「授業のポイントが学生たちの信条を変えることではなく、知識の付与である」ことを学生たちにわからせること。「学生たちを別種の人間に仕立てること」ではなく、「学生たちの意志を作るために不可欠な重要な見解とともに証拠を与える」ことにある点を。


[Dan Kahan: "Why the science of science communication needs to go back to highschool (& college; punctuated with visits to museum & science film-making studio)" (2014/09/29) 0n The Cultural Cognition Project at Yale Law School]
これは収入・学歴・性別・人種・宗教よりも世論は党派性に影響される時代の現実でもある。
posted by Kumicit at 2014/12/04 08:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/10/13

"だうじんぐマシン"でカイロ大学を警備するFalcon

nofrillsさんからのネタ「だうじんぐマシン」の出所をさがすと、「カイロ大学を警備するFalcon」というCairoPortalの記事だった。
Depyed security personnel of the company ≪Falcon≫ tasked with securing the University of Cairo, intensely on the doors on the first day of the new academic year. and hired ≪Falcon≫ sniffer dogs to inspect the cars and make sure they are free of explosives, other than portals to make sure not to carry any student for firearms or white and flammable materials. officers also used the company's security, detection devices for separate waste to inspect the cars and the walls and doors of the university, for fear of violence in the first days of the study. comes in conjunction condensation security by the police forces in the field of the Renaissance and the door of the Faculty of Commerce. [translated by google translate]

CairoUnivDowsing.jpg

[cairoportal 2014/10/11 via asmaaghazall via nofrills]
新学期の開始とともに爆発物や銃器の持ち込みをゲートで検査するのに、探知犬とともに"だうじんぐマシン"が使われているという報道。これを行っているのはFalcon Group Internationalの警備サービスであり、当該サイトにある、それらしい記述は...
Security surveillance equipments
-CCTV
-Metal and explosive materials detectors (x-rays, walk through gates, hand held, etc)
-Voice and video surveillance (Bugs, spy cam and microphones.etc)
-Intrusion systems
-Radio and GSM surveillance

[Falcon Group - Technical System & Security]
"hand held"な"metal and explosive material detectors"とあり、これが"だうじんぐマシン"ぽい。

これについて、asmaaghazallのtweetへのリプライからすると、笑いものになっているもよう。

ههههههههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههه

Hahahahahahahah Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha Hahahahaha ĺĺĺĺĺĺĺĺ

[Ebn_Balad_Gedn]


関連エントリ



posted by Kumicit at 2014/10/13 12:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/10/06

メモ 特殊出生率・生涯未婚率

厚労省特殊出生率(2005, 2010)及び統計局長期時系列による、特殊出生率(母親の誕生年別の年齢推移)と女性未婚率(女性の誕生年別の年齢推移)を見てみると...(未婚率は縦軸反転表示)
mariagebirth2010.PNG
未婚率の上昇は1971-1975生まれの世代あたりで、20%程度で下げ止まりそうに見える。この動きと特殊出生率の低下は、おおよそ相応しているが、1956-1960生まれの世代と、1961-1965年生まれの世代の差が起きすぎるよう見える。一方、特殊出生率は1966-1970年生まれあたりの世代で、1.45あたりで下げ止まりそうに見える。

既婚女性ひとりあたりの出生数(精度はよくないが)を見てみると...
birthpfemale2010.PNG
1956-1960年生まれの既婚女性は最終的に2.1人の子供を出産しているが、1966-1970年生まれになると1.8人強となっている。それより下の世代はまだ先行きは未確定だが、おおよそ1.8人程度に到達しそうである。

特殊出生率の減少は、未婚の増加分と既婚者の子供の数の減少が、ほぼ同程度寄与しているように見える。
posted by Kumicit at 2014/10/06 09:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/09/22

2014年7月の共和党Todd Akin元連邦下院議員の"legitimate rape"

2012年秋から2013年春にかけて、共和党議員や支持団体代表による「妊娠中絶反対とレイプ」発言が繰り返された。結果は選挙敗北・法案修正失敗・支持代替代表解任だった。
  • Todd Akin共和党連邦下院議員(連邦上院に鞍替え立候補)
    First of all, from what I understand from doctors, (pregnancy from rape) is really rare, If it’s a legitimate rape, the female body has ways to try to shut that whole thing down. ... But let’s assume that maybe that didn’t work or something. I think there should be some punishment, but the punishment ought to be on the rapist and not attacking the child. [WashingtonPost 2012/09/19]

    まず、私は医師たちの話で、(レイプによる妊娠は)稀だと理解している。正当なレイプであれば、女体は妊娠しないように対応する。しかし、そうならなければ、懲罰が必要だが、それはレイピストに対してであって、子供に対してではない。

    ==>2012/11 連邦上院落選 [Politico 2012//11/07]

  • Richard Mourdock共和党連邦上院議員候補
    I struggled with it myself for a long time, but I came to realize life is that gift from God," Mourdock said. "And I think even when life begins in that horrible situation of rape, that it is something that God intended to happen. [CBSNews 2012/10/24]

    私自身、長く苦闘してきた。しかし、私は生命は神からのギフトだとわかった。たとえ生命が、レイプという恐ろしい状況から始まっても、それは神が意図したことだと私は考えている

    ==>連邦上院落選 [BusinessWeek 2012/11/06]

  • Celeste Greig, President of California Republican Assembly(共和党支持団体代表)
    "Granted, the percentage of pregnancies due to rape is small because it's an act of violence, because the body is traumatized. I don't know what percentage of pregnancies are due to the violence of rape. Because of the trauma the body goes through, I don't know what percentage of pregnancy results from the act." [MercuryNews 2013/03/01 ]

    「レイプは暴力行為であり、身体に外傷を負わせるので、レイプによる妊娠率が低いのは間違いない。レイプの暴力による妊娠率の数字を私は知らない。身体の外傷は続くので、行為の結果の妊娠率は私にはわからない」

    ==> 2013/05 代表を解任 [MercuryNews 2013/05/06]

  • Trent Franks共和党連邦下院議員
    The incidence of rape resulting in pregnancy are very low.[Politico 2013/06/12]

    妊娠に至るレイプの発生は稀である

    ==>中絶禁止法案の修正に失敗[AP 2014/06/14]


このような状況について、レイプに言及することで、女性の共和党支持者を失う可能性があり、レイプに言及しないことが正しい対応となると、ブッシュ政権のときに大統領のカウンセラーだったKaren Hughesは書いている。
And if another Republican man says anything about rape other than it is a horrific, violent crime, I want to personally cut out his tongue. The college-age daughters of many of my friends voted for Obama because they were completely turned off by Neanderthal comments like the suggestion of “legitimate rape.”

さらに共和党の男性がレイプについて、恐ろしい暴力犯罪であること以外のことを言ったら、舌を引っこ抜きたい。私の友人たちの大学生な娘たちは、正統なレイプといったネアンデルタール人な発言を嫌って、みんなオバマに投票した。

[Karen Hughes:"Communication lessons from the election"(2012/11/09) on Politico]


しかし、" legitimate rape"発言で選挙に負けた共和党Todd Akin(ミズーリ州)は、2014年7月に2012年の自らの発言を擁護した。
Akin was on MSNBC to promote his new book, Firing Back, but he also took it as an opportunity to explain his earlier flub. “Legitimate rape is a law enforcement term, it’s an abbreviation for ‘legitimate case of rape,'” he told Chuck Todd. “A woman calls a police station, the police investigate, she says ‘I’ve been raped,’ they investigate that. So before any of the facts are in, they call it a legitimate case of rape,” explained Aike

Todd Akinは自分の新刊書"Firing Back"の宣伝をMSNBCで行ったが、彼はそれを、以前の失言の説明機会であると受け取った。Todd Akinは「正当なレイプ(ligitimate rape)は法執行用語であり『レイプの正当な事案』の短縮形である。女性が警察に連絡し、警察が捜査し、女性が『レイプされた』と言い、警察は捜査する。事実となる前は、警察はレイプの正当な事案と呼ぶ」と述べた。

[Charlotte Alter:"Todd Akin Still Doesn’t Get What’s Wrong With Saying ‘Legitimate Rape’" (2014/07/17) on Time]
もちろん、そんな呼称は存在しない。
“I’ve taught police officers, and worked with police officers on every continent in the world, and that’s something I’ve never heard in my 50 years in law enforcement,” says Dr. James A. Williams, former Chief of Organized Crime Drugmunicipal law enforcement Enforcement Task Forces for the U.S Department of Justice, who also worked in in New Jersey. “I’ve never heard of that. Never.”

米国司法省の組織薬物犯罪対策タスクフォースの元責任者であり、ニュージャージ州の法執行でも仕事をしていたDr. James A. Williamsは「世界中で私は警察官を教育し、警察官とともに活動してきた。法執行で過去50年間、そんなことを聞いたことはない。まったく聞いたことはない」と述べた。

Richard Lichten, a veteran of the LA County Sheriff’s Department and expert on sexual assault investigations agree: “I have 30 years of experience, I’m qualified to testify in federal court on the way to investigate sexual assault crimes, and I’ve never heard of that,” said Lichten. “In all my life I’ve never heard of that.”

LA郡元保安官のRicahrd Lichtenは「私には30年の経験がある。私は強姦操作方法について連邦法廷で証言資格を持っている。私は生涯、そんなことを聞いたことはない」

[Charlotte Alter:"Todd Akin Still Doesn’t Get What’s Wrong With Saying ‘Legitimate Rape’" (2014/07/17) on Time]
Todd Akin共和党元下院議員は、わざわざ批判を再燃させてしまった。どうやら、彼は、間違った発言をしたとも思っておらず、いわば真意が伝わらなかった程度に考えているようである。

posted by Kumicit at 2014/09/22 07:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/09/15

通常医療忌避で信者を死なせた宗教団体が、建物崩壊で信者を死なせた

2011年秋に、英国で、HIVを祈りで治癒できると主張して、信者に通常医療を忌避させて死なせる事件が起きていることを取り上げた。この事件はSynagogue Church Of All Nations (SCOAN)という宗教団体によるもの。このSCOANの本拠地はナイジェリアだが、英国ロンドンにも拠点を持っていて、あやしい水を販売している。

そのSCOANの本拠地敷地内の外人ゲストハウスが崩壊して、少なくとも44名が死亡するという事故が2014年9月12日にあった。ただし、AFPの報道によれば、宗教団体側が抵抗して、救出作業は9月14日になってからだった。
同団体を率いる牧師・テレビ説教師のTBジョシュア(TB Joshua)氏は、予知能力と癒しの力を持つとされており、熱狂的な信者からは「預言者」と呼ばれている。現場に駆けつけた救急隊員や報道関係者らは、団体の警備要員から襲撃を受けたと話しており、本格的な救助活動が始まったのは14日になってからだった。

[宗教施設倒壊で42人死亡、直前に不審な飛行機? ナイジェリア (2014/09/15) on AFPBB]
SCOAN側は、不審な航空機が飛んでいたと主張しているが、ナイジェリア政府国家緊急事態管理機関NEMAによれば...
Operations at the collapsed Foregin Guest House section' collapsed building at the Church of All Nations a.k.a Synagogue that occurred around 12:44 p.m on the 12 September, 2014.
...
the building had 2 storeys being added to it without fortification of initial foundation for d former structure. This have high probability of causing the building to collapsed.

2014年9月12日12:44に、Church of All Nations(通称Synagougue)の外人ゲストハウスの崩壊現場での作業。
...
建物は2階建てを、当初の基盤を強化することなく、増築が行われていた。これが建物の崩壊の原因の可能性が高い。

[NEMA SOUTH WEST (2014/09/14)]

NEMAphoto.jpg
[NEMA SOUTH WEST (2014/09/14)]
これが正しければ、SCOANは手抜き工事で、自らの信者を死なせたことになる。
posted by Kumicit at 2014/09/15 12:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする