2015/07/03

東京電力の公表している電力使用量と東京の気温 (2015/06)

東京電力の過去の電力使用実績の最大需要と、気象庁の過去の気象データの東京(地点番号47662)の日平均気温を平日についてプロットした。
TepcoTokyo_201506.PNG
直近の最大電力使用量がこれまでよりも少ないことが見える。

これは日単位の電力使用量でも同様:
TepcoTokyo_201506_D.PNG

2012年以降だけを見ると...
TepcoTokyo_201506_Da.PNG
2012年と2013年はほとんど差がないが、2014年に入ると差異が見える。そして、2015年に入ると明瞭な電力使用量の減少が見られる。

そこで、2004年以降のPPSの送電端供給量の月次推移を、資源エネルギー庁の電力調査統計の「2-(8)特定規模電気事業者」の年度別Excelファイルを結合してグラフ化してみると...
PPS_201504.PNG
2010年〜2013年前半までは、PPSの商売に大きな変化は見られないが、2013年後半から送電端供給量が目立って増大している(圧倒的シェアをエネットが占める状況は変わりないが、それ以外のPPSが供給量を増加させている)。もちろん、東京電力と比べれば、ごく小さなものだが、PPS全体合計すれば、四国電力・北陸電力と同程度。
PPSPower2014.PNG
この影響が、目に見える差異になってきているもよう。
posted by Kumicit at 2015/07/03 08:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015/03/12

東京電力管内の需要と東京の気温 (Update 2015/03/11)

東京電力管内の電力需要(時別最大)と東京の日平均気温のグラフを更新してみた(使用データはこちら)。
TepcoTokyo_20150311.PNG
2012年以降は、節電状態が継続しているのか、需要への景気変動の影響は小さくなっている。

なお、2011年に設置された千葉火力3号系列(100万kW)が2014年にコンバインドサイクル化(150万kW)されたり、2013年に川崎2号系列1(50万kW)や常陸那珂2号機(100万kW)などが稼働したりで、供給力はそれなりに補充されている(これに伴い、発電効率が地を這うような緊急電源は退役)。また、
posted by Kumicit at 2015/03/12 06:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/12/04

世論調査は自分が何者であるかを計測している

これまでも、触れてきたように、科学トピックに関する世論調査は実際には「誰がそう考えているか」を問うている。自らが支持する党派性にしたがって人々は回答し、知識があれば、動機づけられた推論を行って、いかなる事実が提示されようとも考えを変えない。そして、そもそも、事実の認識すら動機づけられている。

これらは主としてDan M Kahan@Yaleの成果であるが、Chris Mooneyによって広く知られるようになっている。もちろん、Kahan教授自身も一般向けに記事も書いていて...
What people “believe” about evolution likewise has zero correlation with what people know about the scientific evidence on the natural history of human beings or about any other insight human beings have acquired by use of science’s signature methods of observation, measurement, and inference. “Belief” and “disbelief,” too, are expressions of identity.

But precisely because that’s what they are−precisely b/c free and reasoning people predictably, understandably use their reason to form and persist in positions that advance their stake in maintaining bonds with others who share their outlooks−the teaching of evolution is fraught. I’m not talking about the politics of teaching evolution; that’s fraught, too, of course. I’m talking about the challenge that a high school or college instructor faces in trying to make it possible for students who live in a world where positions on evolution express who they are to actually acquire knowledge and understanding of what it is science knows about the natural history of our species.

同様に人々が進化論ついて何を「信じている」かは、人類の自然史についての科学的証拠や、観測・計測・推論という科学の方法を使って獲得した人類の洞察についての知識と何の相関もない。「信じる」か「信じない」かは、アイデンティティの表明でもある。

しかし、正確には彼らが何者であるかが故に、すなわち、「自由で論理的な人々は、予想通り、理解できるように、彼らの論理を使って、見解を共有する人々との紐帯を維持する利害関係を進展させる立場を形成・維持する」が故に、進化論教育は困難なものとなっている。私は進化論教育の政治について語っているのではない。それもまた、困難な問題だが。私は、「進化論についての立場が、自らが何もであるかの表明となっている世界」にいる学生たちに、「実際に、人類の自然史について科学が知っていることついての知識と理解を獲得させること」に直面している、高校教師や大学講師の課題について語っている。

To their immense credit, science education researchers have used empirical methods to address this challenge. What they’ve discovered is that a student’s “disbelief” in evolution in fact poses no barrier whatsoever to his or her learning of how random mutation and genetic variance combine with natural selection to propel adaptive changes in the forms of living creatures, including humans.

After mastering this material, the students who said they “disbelieved” still say they “disbelieve” in evolution. That’s because what people say in response to the “do you believe in evolution” question doesn’t measure what they know; it measures who they are.

Indeed, the key to enabling disbelievers to learn the modern synthesis, this research shows, is to disentangle those two things−to make it plain to students that the point of the instruction isn’t to make them change their “beliefs but to impart knowledge; isn’t to make them into some other kind of person but to give them evidence along with the power of critical discernment essential to make of it what they will.

科学教育学研究者は、この課題に対処するために経験的方法を使用して成果を出している。彼らが発見したことは、進化論を「信じない」学生たちが、「いかにランダムな突然変異と遺伝分散と自然選択の組み合わせが、生物形態の適応的変化を推進する」かを学ぶことに、いかなる障壁も持っていないことである。

教科をマスターした後も、進化論を「信じない」学生たちは、やはり、進化論を「信じない」と回答する。これはもちろん、「進化論を信じるか」という問いに対する回答が、彼らが知っていることを計測していないからである。そうではなく、彼らが何者であるかを問うているからである。

確かに、進化論を信じない学生たちが現代総合進化論の学習できるようになるキーは、この研究が示すように、2つおことを分離することになる。すなわち、「授業のポイントが学生たちの信条を変えることではなく、知識の付与である」ことを学生たちにわからせること。「学生たちを別種の人間に仕立てること」ではなく、「学生たちの意志を作るために不可欠な重要な見解とともに証拠を与える」ことにある点を。


[Dan Kahan: "Why the science of science communication needs to go back to highschool (& college; punctuated with visits to museum & science film-making studio)" (2014/09/29) 0n The Cultural Cognition Project at Yale Law School]
これは収入・学歴・性別・人種・宗教よりも世論は党派性に影響される時代の現実でもある。
posted by Kumicit at 2014/12/04 08:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/10/13

"だうじんぐマシン"でカイロ大学を警備するFalcon

nofrillsさんからのネタ「だうじんぐマシン」の出所をさがすと、「カイロ大学を警備するFalcon」というCairoPortalの記事だった。
Depyed security personnel of the company ≪Falcon≫ tasked with securing the University of Cairo, intensely on the doors on the first day of the new academic year. and hired ≪Falcon≫ sniffer dogs to inspect the cars and make sure they are free of explosives, other than portals to make sure not to carry any student for firearms or white and flammable materials. officers also used the company's security, detection devices for separate waste to inspect the cars and the walls and doors of the university, for fear of violence in the first days of the study. comes in conjunction condensation security by the police forces in the field of the Renaissance and the door of the Faculty of Commerce. [translated by google translate]

CairoUnivDowsing.jpg

[cairoportal 2014/10/11 via asmaaghazall via nofrills]
新学期の開始とともに爆発物や銃器の持ち込みをゲートで検査するのに、探知犬とともに"だうじんぐマシン"が使われているという報道。これを行っているのはFalcon Group Internationalの警備サービスであり、当該サイトにある、それらしい記述は...
Security surveillance equipments
-CCTV
-Metal and explosive materials detectors (x-rays, walk through gates, hand held, etc)
-Voice and video surveillance (Bugs, spy cam and microphones.etc)
-Intrusion systems
-Radio and GSM surveillance

[Falcon Group - Technical System & Security]
"hand held"な"metal and explosive material detectors"とあり、これが"だうじんぐマシン"ぽい。

これについて、asmaaghazallのtweetへのリプライからすると、笑いものになっているもよう。

ههههههههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههههه هههههههه

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[Ebn_Balad_Gedn]


関連エントリ



posted by Kumicit at 2014/10/13 12:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/10/06

メモ 特殊出生率・生涯未婚率

厚労省特殊出生率(2005, 2010)及び統計局長期時系列による、特殊出生率(母親の誕生年別の年齢推移)と女性未婚率(女性の誕生年別の年齢推移)を見てみると...(未婚率は縦軸反転表示)
mariagebirth2010.PNG
未婚率の上昇は1971-1975生まれの世代あたりで、20%程度で下げ止まりそうに見える。この動きと特殊出生率の低下は、おおよそ相応しているが、1956-1960生まれの世代と、1961-1965年生まれの世代の差が起きすぎるよう見える。一方、特殊出生率は1966-1970年生まれあたりの世代で、1.45あたりで下げ止まりそうに見える。

既婚女性ひとりあたりの出生数(精度はよくないが)を見てみると...
birthpfemale2010.PNG
1956-1960年生まれの既婚女性は最終的に2.1人の子供を出産しているが、1966-1970年生まれになると1.8人強となっている。それより下の世代はまだ先行きは未確定だが、おおよそ1.8人程度に到達しそうである。

特殊出生率の減少は、未婚の増加分と既婚者の子供の数の減少が、ほぼ同程度寄与しているように見える。
posted by Kumicit at 2014/10/06 09:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする