2007/01/20

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (5/7) 「百匹目の猿」の変種たち

Lyall Watson[1979),1981)]
は2つの捏造ネタを提示した。

  • HMP-A:「100匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、...その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。」
  • HMP-B:「自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」
これを原論文[Kawai 1965]など使って撃墜したのがRon Amundson[1985]だった。そして、Lyall Watsonはメタファーだったと言い訳した[Watson 1986]。

これと並行して、ニューエイジャーの世界でも"百匹目の猿"の興亡があった。


Ken Keyes Jr.の興亡

ニューエイジャーであるKen Keyes Jr.(1921-1995)[wikipedia]が、Lyall Watsonの捏造ネタである"百匹目の猿"を真に受けて、"The Hundredth Monkey"[Amazon]という本を出して、世に"百匹目の猿"広めたのが1982年(和訳は1984年)のことだった:
Let us suppose that when the sun rose one morning there were 99 monkeys on Koshima Island who had learned to wash their sweet potatoes. Let us further suppose that later that morning the hundred monkey learned to wash potatoes.
さて、ある朝、太陽がのぼったときに、幸島の九十九匹目のサルが、サツマイモを洗うということを知った、とします。そして、その日の昼近くになって、百番目にあたるサルが、サツマイモを洗うことを学んだとき、まさに、その瞬間に...

THEN IT HAPPENED!
突然、それは起こったのです!

By that evening almost everyone in the tribe was washing sweet potatoes before eating them. The added energy of this hundredth monkey somehow created an ideological breakthrough!
その日の夕方までに、その群れの中の、ほとんど全部のサルたちが、サツマイモを浅瀬に持っていって、洗い始めたのです。この百番目のサルが新しく加わることによって生じたエネルギーが、どういう理由か、私たちの概念 -- いうならば、常識を突き破ってしまったのです。

But notice.
そして、じつに問題は、それだけで終わったわけではなかったのです。

A most surprising thing observed by these scientists was that the habit of washing sweet potatoes then jumped over the sea -Colonies of monkeys on other islands and the mainland troop of monkeys at Takasakiyama began washing their sweet potatoes!*s
日本の科学者たちによって観察された、もっと驚くべき現象というのは、サツマイモを洗うという習慣が、その後、自然発生的に海を越えたという事実です。他の島のサルの群れたち、さらには大分県の高崎山に棲むサルの群れも、彼らのサツマイモを洗いはじめたのです。

(*Lifetide by Lyall Watson, pp. 147-148. Bantam Books 1980. This book gives other fascinating details.)
ここの百匹目の猿現象を知ったのは、序文によれば「I learned about in talks by Marilyn Ferguson and Carl Rogers」であり、本文では"Lyall Watson: Lifetide"を参照している。Ken Keyes Jr.が新たに何かを調べたりしたわけではない。翻訳版は少し表現が強められ、記述も"大分県"とか原文を補足した形になっている。

いずれにせよ、Ken Keyes Jr.の原文も、日本語版も反核プロパガンダ目的の出版物であって、次のように人々に呼びかけるためのネタとして、Lyall Watsonが捏造した百匹目の猿現象を使ったもの:
Your awareness is needed in saving the world from nuclear war.
You may be the "Hundredth Monkey" . . . .
You may furnish the added consciousness energy to create the shared awareness of the urgent necessity to rapidly achieve a nuclear-free world.

核戦争から世界を救うために、あなたの自覚が必要とされているのです。
あなたが"百番目の猿"かもしれないのです。
とにかく、一刻でも早く、核のない世界に到達する必要があるという、共有された自覚をつくりだす意識エネルギーを提供するのは、本当に、あなたかもしれないのです。
これにインスパイヤされて、Hartly Film FoundationのElda Hartleyは1982年に"The Hundredth Monkey"という反核映画を作った[ie The Hundredth monkey]。

ちなみに、日本でも同じように反核映画「100ばんめのさる」が1986年に作られた:
国際平和年記念作品
日本原水爆被害者団体協議会推薦

原作:“The Hundredth Monkey”ケン・キース・ジュニア著
ナレーション:吉永小百合
プロデュース:伊藤正昭/宇田川東樹
製作:シネマ・ワーク/東京メディアコネクションズ
【1986年/カラー/アニメーション+ドキュメンタリー/20分】

 日本の南の国、幸島に住むサルたちはいつもサツマイモの奪い合いをしています。 ケンカの後のイモは砂だらけ。ジャリジャリしておいしくありません。 ある時イモを海へ落してしまいますが、拾ってみると砂がとれ、塩味もついておいしくなっていました。 これ以来、若いサルたちは必ずエサを洗って食べるようになります。 この発見は次第にサルの間に広まり、初めは知らんぷりしていたボスザルや年寄りのサルもイモ洗いに参加。 そしてついに百番目のサルがイモを洗うことを覚えた時、とても不思議なことが起こりました。 なんと海を越えた他の島のサルたちも、一斉にエサを洗うようになったのです。
Lyall Watsonが"百匹目の猿"をメタファーだと言い訳した同じ1986年の公開である。作品はKen Keyes Jr.の原文とは違っていて、絵本「100ばんめのサル 」(絵:尾崎真吾, 国土社, 1987)と同様のものとなっている。

しかし、1985年には既に、ニューエイジャーであるElaine Myersによって、"百匹目の猿"は否定されていた。

==>Elaine Myers: "The Hundredth Monkey Revisited -- Going back to the original sources puts a new light on this popular story", Strategies For Cultural Change (IC#9), Spring 1985, Page 10

これの全訳および解説は:

==>幻影随想: 「100匹目のサルのウソ」はいかにして暴かれたか by 黒影氏

このドキュメントにおいて、Elain Myersは次のように述べて、HMP-AとともにHMP-Bも否定している:
In the original reports, there was no mention of the group passing a critical threshold that would impart the idea to the entire troop. The older monkeys remained steadfastly ignorant of the new behavior. Likewise, there was no mention of widespread sweet potato washing in other monkey troops. There was mention of occasional sweet potato washing by individual monkeys in other troops, but I think there are other simpler explanations for such occurrences. If there was an Imo in one troop, there could be other Imo-like monkeys in other troops.

大元の報告書には、グループが群れ全体に考えを行き渡らせるような決定的な閾値を通過したことを示す言及は全く存在しない。歳を取ったサルは断固として新しい行動を意識しないままであった。同様に、サツマイモ洗いが他のサルの群れへ広範囲に普及したという言及も無かった。時折他の群れでサツマイモを洗う個体が現れたという報告はあったが、このような出来事にはもっと簡単な説明が可能だ。あるグループにイモが現れたのならば、他のグループにもイモのようなサルが現れることは十分ありうる。
[和訳は黒影氏による]
Ron Amundsonがニセ科学の論法として批判したのと同じ論で、Elain MyersもHMP-「B自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」を、超自然に訴える必要のない現象として否定している。

これにより、ニューエイジの世界でも、HMP-Aは事実そのものが捏造であり、HMP-Bも超自然現象とは言えないという決着を見た。

これで、終わるかというと、終わらない...


陣地を再構築した船井氏

Ron AmundsonやElain MyersによってHMP-AとHMP-Bは葬り去られ、Lyall Watson自身もHMP-AとHMP-Bをまとめてメタファーだったと言い訳した。これを捻じ曲げた形で、再構築したのが船井幸雄氏(1933〜)である。

Ken Keyes Jrが死去した翌年の1996年に、船井氏は「百匹目の猿 (「思い」が世界を変える)」を出版した。この前書きで:
はじめの頃、猿たちは、サツマイモの泥を手や腕で落として食べていました。しかし一九五三年のある日、一歳半のメス猿が泥を川の水で洗い流してから食べはじめたのです。
 メス猿のこの行動は、やがて若い猿たちや母親猿たちにまねられ、一九五七年には、二十匹中十五匹がイモを川の水で洗って食べるようになりました。
 ところがおもしろいことに、十二歳以上のオス猿は、イモ洗いが群れに定着して十年たっても、イモ洗いをしなかったのです。
...
 ところでその後、川の水がかれたことなどもあり、いつの間にか猿たちは海水でイモを洗って食べるようになりました。海水の塩分がイモをおいしくしたのか、このようにして猿たちのイモ洗いは淡水から海水へと変わっていったのです。
と書いて、HMP-Aが起きていないことを明示した。さらに、高崎山についても
そうしてあるとき、大分県の高崎山の猿たちの中にも水でイモを洗う猿たちがいるのが見つかりました。それは幸島で猿たちのイモ洗いが定着したあとのことなのですが、彼らは幸島の猿たちとはなんの関係もない猿たちです。
ここまでは、事実の創作や超自然を思わせる記述はない。その後で、船井氏は事実の誇張し「やがて高崎山の猿たちにもイモ洗いの行動は広がっていきました。」と書く。が、まあこれも捏造とは言えない。

そして、船井氏は次のステップで事実を捏造した:
この猿のイモ洗い現象が遠く離れた幸島から高崎山へ伝播した現象を、アメリカのニューエイジ科学者の第一人者ライアル・ワトソンがベストセラーになった彼の著書『生命潮流』(日本語版・工作舎館)の中で「百匹目の猿現象」と名づけ発表しました。
...
そして、その臨界値を便宜的に「百匹目」としたのです。おもしろい発想です。
船井氏は、「Lyall WatsonがHMP-AではなくHMP-Bだけを主張していた」という捏造を行った。これにより、Ron AmudsonやElain Myersと同様にKawai(1965)を見ればすぐにばれてしまうHMP-Aの捏造をなかったことにした。そして、"シェルドレイクの仮説"を論拠として、HMP-Bが実際に起きたと主張した。

これを船井バージョンのHMP-Bということで、HMP-Bfと呼ぶことにしよう。

HMP-Bf:「シェルドレイクの仮説が科学者の間で認められた。従って、幸島の群れのイモ洗いが、高崎山にいた群に伝わったのは本当だ」:
「百匹目の猿現象」は必ず起こる現象だと私なりに確信を持ったのです。理由は、欧米の生物学者や物理学者、数学者や哲学者などが十有余年の激論と検証の末、この現象を科学的に論じた「シェルドレイクの仮説」を認めざるをえなくなったのを知ったからです。


これによって、"百匹目の猿"は日本で再度、流布されていくことになる。


おおよそ船井氏と同じな喰代氏

船井氏と連携する形で、1996年に"百匹目の猿"についても取上げた本"なぜそれは起こるのか"[Amazon]を出版したのが喰代栄一氏である。この本で喰代氏は、ひたすらSheldrakeのMorphogenetic Fieldを持ち上げ、あれもこれもMorphogenetic Fieldのせいなのさ...と主張した。

船井氏と同じく喰代氏も幸島の猿たちについて事実の捏造は行っていない。高崎山について、一気にイモ洗いが広まったといった事実の誇張もしていない。

事実の解釈において、何でもMorphogenetic Fieldのせいなのかも...とやっただけである:
日本モンキーセンター所長で、ニホンザルの行動研究に造詣深い河合雅雄博士によると、サルに言語がなく、言葉で対象をはっきりと指し示す指示機能がないので、積極的に教えるという能力はない。模倣によって取り入れた行動が、習慣となって固定化していくそうである。だから、幸島のサルのイモ洗い行動は、初めに行ったイモの行動を他のサルたちが模倣することによって、群れ全体に広がっていったということになろう。

たしかにそのとおりであろう。しかし、シェルドレイクの仮説のとりこになっている私には、その方式だけでは説明できない原理が隠されているように思えてならない。なぜなら、サルのイモ洗い行動が幸島だけでなく、その後、他の野猿公園にも見られるようになったからである。...

[喰代栄一: "それは何故起こるのか", 1996 pp.161-162.]
船井氏と異なり、喰代氏は幸島でイモ洗いがゆっくりと広まっていたこと自体もMorphogenetic Fieldのせいだと示唆している(主張というほど強くはない)。

この後は船井氏と同じで、Lyall WatsonがHMP-Bだけを主張していたかのように"百匹目の猿現象"という用語を使う。


ということで、1996年に再登場した"百匹目の猿現象"は、幸島の猿について事実の捏造はなく、高崎山で観察されたイモ洗いについて、SheldrakeのMorphogenetic Fieldを持ち出すという新しい形(HMP-Bのみ)をとっていた。

これが広まったなら、HMP-Aは消えてなくなるはずなのだが...


消えないHMP-A

船井氏と喰代氏が新たに送り出したHMP-Bに特化した"百匹目の猿"現象だったが、従来からのLyall WatsonのHMP-A:「00匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、...その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。」も生き残り続けている。

適当にgoogleでさがしてみると、HMP-AとHMP-Bをちゃんと持っているパターン:
宮崎県の幸島に棲む猿の話。砂のついた芋を海水で洗って食べる習慣が、ある個体数を超えた瞬間に、猿の群れ全体の文化となり、海を隔てた他の離れ島の猿も同時に芋洗いを始めた。
http://npo-kikou.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/101.html

宮崎県の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べるようになり、同行動を取る猿の数が閾値(仮に100匹としている)を越えたときその行動が群れ全体 に広がり、さらに場所を隔てた大分県高崎山にいた猿の群れでも突然この行動が見られるようになったという。
http://www6.ocn.ne.jp/~aber7/new_page_78.htm


あるいは、HMP-Aだけなパターン:
最初は芋を海水で洗うサルはほとんどいなくて、異端扱いだった。でもその少数派だった洗うサルの数は少しずつ増え、ある数を超えた途端、ほぼ全てのサルが海水で芋を洗うようになったという。
http://parrotfish.seesaa.net/article/191596.html


「一匹のサルが始めた "何か新しい行動" が、やがて少しづつ、ゆっくり回りのサルに波及していって101匹目を超えると爆発的に増えてゆく・・・・・という有名な論文「101匹目のサル」というのがあるらしい
http://silver.ap.teacup.com/applet/night/8/trackback


など、HMP-Aが消えていない。船井&喰代バージョンではなく、もともとのLyall Watsonのリナージュが生き残っているようだ。



そして、うろ覚えな変種群ももちろんたくさんある:


まさに、変種群を生み続ける都市伝説といったところだろうか。




posted by Kumicit at 2007/01/20 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007/01/19

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (4/7) 「百匹目の猿」の撃墜

数多くの変種群を生み出し続けるHMP=Hundredth Monkey PhenomenaというLyall Watsonによる捏造ネタ。「百匹目の猿」「100匹目のサル」「101匹目のサル」「百番目の猿」などと呼ばれる有名なネタだ。


ふたつの百匹目の猿

始まりは1979年のLyall Watsonの"Lifetide"の一節だった:
. . . One has to gather the rest of the story from personal anecdotes and bits of folklore among primate researchers, because most of them are still not quite sure what happened. And those who do suspect the truth are reluctant to publish it for fear of ridicule. So I am forced to improvise the details, but as near as I can tell, this is what seems to have happened.

In the autumn of that year an unspecified number of monkeys on Koshima were washing sweet potatoes in the sea. . . . Let us say, for argument's sake, that the number was ninety-nine and that at eleven o'clock on a Tuesday morning, one further convert was added to the fold in the usual way. But the addition of the hundredth monkey apparently carried the number across some sort of threshold, pushing it through a kind of critical mass, because by that evening almost everyone was doing it. Not only that, but the habit seems to have jumped natural barriers and to have appeared spontaneously, like glycerine crystals in sealed laboratory jars, in colonies on other islands and on the mainland in a troop at Takasakiyama.

...残りの話は個人的な逸話や霊長類研究者の間に伝わる伝承の断片から推すしかない。というのも、研究者たちでさえおおむね本当に何が起こったのか定かではないのだ。真偽のほどを決しかねた人びとも物笑いになるのを恐れて事実の発表を控えている。したがって私としてはやむなく、詳細を即興で創作することにしたわけだが、わかる範囲で言えば次のようなことが起こったらしい。

その年の秋までには幸島のサルのうち数は不明だが何匹か、あるいは何十匹かが海でサツマイモを洗うようになっていた。... 話を進める都合上便宜的に、サツマイモを洗うようになっていたサルの数は九九匹だったとし、時は火曜日の午前11時であったとしよう、いつものように仲間にもう一匹の改宗者が加わった。だが、100匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、一種の臨界質量を通過したらしい。というのも、その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。そればかりかこの習性は自然障壁さえも飛び越して、実験室にあった密閉容器の中のグリセリン結晶のように、他の島じまのコロニーや本州[mainland=本土]の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった。

[Lyall Watson: "Lifetide", 1979 (Amazon)]
[木幡和枝 訳: 生命潮流, 1981 (Amazon)]
ここで、Lyall Watsonは2つの捏造ネタを提示した。

  • HMP-A:「00匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、...その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。」
  • HMP-B:「自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」



HMP-Aは原論文によって撃墜された

この捏造ネタを撃墜したのは、Ron Amundsonだった。

==>Ron Amundson: The Hundredth Monkey Phenomenon, 1985[和訳]

Ron AmundsonはLyall Watsonが論拠として提示した文献に「百匹目の猿」がいないことを示した。その文献とは:

==>Kawai, Masao: On the newly-acquired pre-cultural behavior of the natural troop of Japanese monkeys on Koshima Islet. Primates, 6, 1-30, 1985. [Springer]

その要旨は:

  • 幸島のニホンザル全員を1949年(20匹)から1962年(59匹)まで観察し、新しい行動の習得と伝播、その原因と意味を研究
  • 新しい行動とは、サツマイモ洗い・麦洗い・海水浴・なんかくれポーズ。
  • 1958年までは、サツマイモ洗いは年1〜4匹の年少の猿が習得したが、成人した猿11匹のうち習得したのは2匹(いずれも母猿で、サツマイモ洗いをする子猿をまねたものと考えられる)。
  • 1959年からは、サツマイモ洗いをする猿たちが成人し、子供を生むようになった。それ以後は、母から子へとサツマイモ洗いが伝わるようになった(つまり、サツマイモ洗いは新技術ではなく、普通の行動になった)。
という、奇跡も神秘もないお話。爆発的に行動が広がることもなく、成人した猿のほとんどはサツマイモを洗うこともなかった。

1962年に幸島に生存していたニホンザルの系図が示されている。下線はサツマイモ洗いを習得したニホンザル。

Kawai1965Fig1a.jpg

Kawai1965Fig1b.jpg

1958年までの各年にサツマイモ洗いを習得した猿の名前と年齢が示されている。毎年1〜4匹がサツマイモ洗いを習得している。

Kawai1965Tbl1Fig2.jpg

1960年までに幸島に生まれたニホンザルの名前・性別・習得した行動のリストが示されている。ここで、 SPW: サツマイモを洗う WW: 麦を洗う B: 海水浴(Δは泳ぐ) GM: なんかくれポーズまた、 ++, +:習得度、±:不完全な習得、0:習得していない、△:泳ぐ、*:孤立オス、S:スナッチ

Kawai1965Tbl2a.jpg

Kawai1965Tbl2b.jpg



このTable2を見ると:

-1948 (M) Kaminari-, Akakin-, Mobo-, Hiyoshimaru-, Hanakake-
(F) Utsubo-, Nori-, Eba+, Nami+
1949 (F) Natsu-
1950 (M) Gosuke-
1951 (M) Kon+, Ita+, Semushi+
(F) Sango+, Aome+, Harajiro+
1952 (M) Uni+, Naki-
(F) Imo+
1953 (M) Nomi+
1954 (M) Jugo+, Ei+
1955 (F) Nogi+, Sasa+
1956 (M) Tsuru+, Nabe-
(F) Enoki+, Zabon+, Hama+
1957 (M) Ika+, Saba+
(F) Ego+, Nashi-, Nofuji+
1958 (M) Ebi+, Hamo+
(F) Tusge+
1959 (M) Namako+, Eso+
(F) Zai+, Ine+, Sakura+
1960 (M) Same+, Eboshi+, Namazu-, Nobori+
(F) Hasu+, Tsuga+


そして、習得過程[Table.1]

1953: Imo, Semushi, Eba
1954: Uni
1955: Ei, Nomi, Kon
1956: Sasa, Jugo, Sango, Aome
1957: Hama, Enoki, Harajiro, Nami
1958: Zabon, Nogi

これを整理すると、1958年時点の未習得は

[a] Kaminari, Akakin, Mono, Hiyoshimaru, Hanakake, Utusbo,
Nori, Natsu, Gosuke (大人)
[b] Naki, Nabe, Nashi, Ita, Tsuru (若猿)
[c] Ika, Saba, Ego, Nofuji, Ebi, Hamo, Tsuge (1957,1958年生まれ)

これが1962年になると

[a] の大人集団はやっぱり未習得
[b] の若猿のうちNaki, Nabe, Nashiは未習得, Ita, Tsuruは習得
[c] の新人たちは、Namazu以外は全員習得
[d] 1961, 1962年生まれが未習得

ということで

・大人(NamiとEba以外)はそのまま未習得
・若猿のうちNaki, Nabe, Nashi, Namazuは未習得
・前年と当年生まれは未習得

という状況が続いているわけだ。
ここで、Fig.1の系図をみれば

・Namiの子供のうち
 Naki, Nabe, Nashi, Namazuは未習得
 Ita, Jugo, Namakoは習得済み

ということで、若猿で未習得なのはNamiの子供たちの半分である。このNamiは、イモ洗いを習得した大人2匹のうちの1匹である。


習得過程はきっちり記録されている。創作で補う必要などない。そして、そのどこにも、一気に習得が進んだなどという記録はない。しかも、若猿でも未修得もいる有り様。Lyall Watsonが創作したようなエピソードが入る余地はない。


HMP-Bのニセ科学

MP-B:「自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」について、Ron Amundsonは次のように指摘した:
Watson assumes that Imo was the only monkey capable of recognizing the usefulness of washing potatoes. In his words, Imo was "a monkey genius" and potato washing is "comparable almost to the invention of the wheel." Monkeys on other islands were too dumb for this sort of innovation. But keep in mind that these monkeys didn't even have potatoes to wash before 1952 or 1953, when provisioning began. Monkeys in at least five locations had learned potato washing by 1962. This suggests to me that these monkeys are clever creatures. It suggests to Watson that one monkey was clever and that the paranormal took care of the rest.

Watsonは、Imoがサツマイモを洗うことが有用だと気づくことができた唯一の猿だったと考えます。彼の言葉によればImoは「猿の天才」であり、サツマイモ洗いは「車輪の発明にも匹敵する」ものであり、「他の島の猿はそのような発明をするには愚かすぎる」だと考えます。しかし、餌付けが始まった1952年および1953年以前にこれらの猿たちはサツマイモを食べたことはなかったことを思い返さないといけません。少なくとも5か所の猿は1962年までにサツマイモ洗いを学んでいました。これから私は、これらの猿たちが賢い生き物ではないかと考えます。しかし、Watsonにとっては1匹の猿だけが賢く、他の猿は超常現象によってサツマイモ洗いを獲得したことの証しでした。
そもそも、幸島にせよ、高崎山にせよサツマイモによる餌付けが1950年代初頭に始まったもの。であるなら、同じ頃にイモ洗いが始まったとしても不思議ではないという指摘。ニセ科学はそれを拒否して、"Imo"という名の若いメスザル以外に、イモ洗いを思いつかないという証明されざる前提を置くのだと。

実際、幸島の中でも"サル真似"ではなく、個別学習によりイモ洗いの習得が進んだ可能性が指摘されている。そもそもニホンザルは"サル真似"が不得意らしい:
渡辺 邦夫・冠地 富士男・山口 直嗣(京都大学霊長類研究所幸島観察所):幸島のニホンザル, みやざきの自然 12号 '96-2

観察学習かそれとも局部的強調か

 幸島のサルによる文化的行動が、“見よう見まね”で伝播してきたものであるということが強調されたことは前に述べた。「サル真似」という言葉が示すように、我々にとってサルが見よう見まねで他の個体の行動をおぼえていくということのほうが、より理解し易かったのであろう。だが1970年頃になって、見よう見まねで新しい行動を獲得する例がほとんどないことが明らかになってきた。確かによく行動をみていると、ムギやイモを洗って食っている個体の近くには、たくさんのサルがいる。だがその行動を見ていて、急に思いついたかのように同じ行動を始める個体はまるで見当たらない。同じ親子兄弟であっても、洗い方はみな違っていてバラバラである。さらに見よう見まねということだけでいうと、ずっと高等な類人猿でもそうやたらとあるものではないことが分かってきた。だからこれまで文化的行動とされたことの大半は、ある特定の条件の下で、個別に学習されるのに適した刺激が継続して与えられたことによるのではないかと言われるようになった。

幸島ではこの点に興味をもった動物心理学者の樋口義治君(現愛知大学)が、オペラント条件付けといわれる方法を用いて詳しく調べている。要するに箱の一面にパネルをしつらえて、そのパネルを押すと大豆が出るようにしておく。箱は1個しかなく、まわりでは多数の個体が見ているから、それを1頭1頭全部チェックできる。そうやってそれぞれの個体が、どうやってこの新しい課題を学習していくのか、それを長期間かけて調べてみたのである。彼の結論を要約すると、大体以下の通りである。新しい行動を、観察することによってのみ獲得したと判断される個体は少なかった。だがサルたちは他のサルのやることに大変興味を持つ(局部的強調)。しかし興昧をもって他のサルがする行動を見ただけでは、なかなか同じ行動をするまでには至らない。むしろ興味を持って箱をたたいてみたりかじってみたりしながら、いろいろな試行錯誤を繰り返して、個別に学習していくのである。ただ34頭のサルがこのパネル押しを学習した中で、3頭は観察学習だったものと判定されている。だから観察学習が全く否定されたというわけではない。



また、イモ洗い行動そのものも、それほど特異な行動ではないらしい。高崎山自然動物園によれば:
こちらで芋洗いについても調べましたが、
該当する書物や、文書が見つかりませんでした。

そこで、以前芋洗いについて調べた係員に聞きましたところ、芋洗いについてはずいぶん昔から確認されており、1962年当時にいた職員から伝え聞いた話では62年以前から高崎山では芋洗いの行動がされていたと思われるということでした。

高崎山では芋洗いについてそれほど特異な行動とは捉えられなかったのではないかと思われます。芋洗いという行動自体は猿が物を持つと手を使って擦るという行動を行うことから、その一連の行動のなかで水中で芋を手で擦るという行動につながったのではないかと考えられております。

現在でも高崎山では芋洗いの行動が行われておりますが、すべての猿がするわけではなく、ごく一部の猿が行うようです。必ず洗って食べるというほどでもありませんので、高崎山では今でもそれほど話題にはなっておりません。
Lyall Watsonが言うような「車輪の発明にも匹敵する」ものではないようだ。



Lyall Watsonは百匹目のゴキブリだったかも...と言って逃亡した

以上のようなRon Amundsonの攻撃に対して、Lyall Watsonはあっさり逃亡した:

  • 百匹目の猿はメタファーだった。
  • 参考文献はただの道具であって、論拠ではなかった。
  • しかし、"百匹目の猿"現象はある



http://www.findarticles.com/p/articles/mi_m1510/is_vNON4/ai_4436766
Lyall Watson responds - to criticism of the hundredth monkey theory of telepathic group mind - letter to the editor Whole Earth Review, Autumn, 1986 by Lyall Watson


I accept Amundson's analysis of the origin and evolution of the Hundredth Monkey without reservation. It is a metaphor of my own making, based -- as he rightly suggests -- on very slim evidence and a great deal of hearsay. I have never pretended otherwise.

I take issue, however, with his conclusion that, therefore, the Hundredth Monkey Phenomenon cannot exist.

百匹の猿の起源と進化についてのAmundsonの分析を何らの留保なく受け入れます。Amundsonが正しく示したように、あれはほんのわずかの証拠と多くの伝聞を基に私が創ったメタファー(比喩)です。私は偽りを述べてはいません。

しかしながら、私はしたがって、「百匹目の猿現象」が存在しえないという彼の結論には異議があります。

It might have come to be called the Hundredth Cockroach or Hairy Nosed Wombat Phenomenon if my travels had taken me in a different direction. As it happened, I was already interested in the nonlinear manner in which ideas and fashions travel through our culture, and the notion of quantum leaps in consciousness (a sort of punctuated equilibrium of the mind) was taking shape in my own mind when I arrived in Japan. It was off-the-record conversations with those familiar with the potato-washing work that led me to choose a monkey as the vehicle for my metaphor.

他の場所に旅行に出かけていたら、それは「百匹のゴキブリ現象」とか「百匹のケバナウォンバット現象」と呼ばれていたかもしれません。
たまたま、私は既に思考とファッションが私たちの文化を伝わる非線形の方法に興味を持っていました。そして、私は日本に到着したとき、心の中で意識における大躍進[quantum leaps]の概念(ある種の心の断続平衡状態)を具体化していました。イモ洗い行動を知る人々とオフレコの会話してみて、私はメタファー(比喩)を語る手段として猿を選びました。

....
I based none of my conclusions on the five sources Amundson uses to refute me. I was careful to describe the evidence for the phenomenon as strictly anecdotal and included citations in Lifetide, note to validate anything, but in accordance with my usual practice of providing tools, of giving access to useful background information.

私の結論は、Amundsonが私を論破するために用いた5つのソースに基づいていません。厳密に逸話としてあの現象についての証拠を慎重に記述しています。「生命潮流」の引用文献は、何かの論拠とするためではなく、私がいつもやるように道具、および有用な背景情報へのアクセスのためとして提示したものです。

Lyall Watsonは捏造ではなく、「メタファーを語るための手段として猿を使った」だけだと言う。これを真に受けると、幸島で"百匹目の猿"現象が起きていないことになる。

"百匹目の猿"を主張した本人が事実でないことを認めてしまったのだから、"百匹目の猿"は終わりになる.....

かと思うと、それは甘く、"百匹目の猿"は終わらなかった。

多くの語り手たちによって、多くの変種が生み出されながら、"事実"として語り継がれることになった。[次回へ続く...]
posted by Kumicit at 2007/01/19 03:30 | Comment(1) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007/01/18

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (3/7) シェルドレイクに合体するグリセリン

"グリセリンの結晶化"は、もとは百匹目の猿と同じくLyall Watsonが"Lifetide"(1979)で捏造したネタである。そして、いつのまにやら、SheldrakeのMorphogenetic Fieldの例として語られるようになった。

捏造の経緯は以下に詳しい

==>kikulog: グリセリンの結晶
==>懐疑論者の祈り:グリセリン結晶化の逸話(シンクロニシティ)

ここでは、まずは、これらの復習から。

始まりのLyall Watson

1979年にLyall Watsonは次のようにグリセリンの結晶化ネタを語った:
Some substances crystallize easily, some can be persuaded to do so only with difficulty and some, it seems, may never form crystals under any circumstances -- though our inability to get them to do so may be merely the result of our limited imagination.

For example, two hundred and fifty years ago glycerine was first extracted from natural fats in the form of a colorless, sweet, oily liquid and put to use in medicine, lubrication, and the manufacture of explosives. Despite super-cooling, reheating, and all the usual aids for inducing crystallization, glycerine remained resolutely liquid and it was assumed that the substance had no solid form. Then, early this century, something strange happened to a barrel of glycerine in transit between the factory in Vienna and the regular client in London. "Due to an unusual combination of movements which occurred, purely by chance, in the barrel," it crystallized. [Oparin 1957]

The client was probably livid, but chemists were delighted and began borrowing bits from the barrel to seed their own samples, which rapidly solidified in the same way at a temperature of 18 degrees Centigrade. Among the first to do this were two scientists interested in thermodynamics who found that, soon after their first crystals arrived in the post and were used successfully for inducing crystallization in an experiment on one sample of glycerine, all the other glycerine in their labs began to crystallize spontaneously, despite the fact that some was sealed in air-tight containers. [Gibson and Giauque, 1948] They reported this occurrence as a casual, unimportant aside in a technical paper on another topic, but today similar unintentional metamorphoses have taken place in many parts of the world and glycerine crystals are common.

[Lyall Watson, Lifetide (Hodder and Stoughton Paperbacks, London, 1979) pp 53-54]

簡単に結晶化する物質もあれば、誘発してもなかなかしにくいものもある。どんな状態のもとでもけっして結晶化しないものもあるようだ。もっともそれは、われわれの想像力が限られているために結晶化を惹き起こす方法を知らないだけかもしれないが。

一例を挙げると、250年前に天然脂肪からグリセリンが抽出され、無職で甘味のある油性の液体ができた。そして医用潤滑油として、さらには爆発物の製造用に使用された。結晶化を起こす通常の手立てである超冷却、再加熱、その他あらゆることをしてもグリセリンは頑として液状のままで、とうとう固体グリセリンはないのだと思われるようになった。ところが今世紀初頭、ウィーンの工場からロンドンの得意先に運ばれる途中の一樽のグリセリンにおかしなことが起こった。「まったくの偶然だが、その間に起こった種々の動きのまれにみる組み合わせにより...」[Oarin 1957] 結晶化が起こったのだ。

ロンドンの得意客はまっ蒼になっただろうが、化学者たちは大喜び。その樽のグリセリンを少しずつ頂戴しては自前の試料作りにかかったが、それらは摂氏18度で同じように固体になった。いち早くこれを試した科学者のなかでもふたりの人物が熱力学に関心を抱いていて、以下のことを発見するに至った。ふたりが最初の結晶を郵便で受け取り、あるひとつのグリセリン試料を使った実験で結晶化に成功すると間もなく、実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである。なかには密閉容器に入っていたものすらあったという[Gibso and Giauque, 1948]。ふたりは別のテーマに関する専門的論文の中でこの出来事を報告した -- とるに足らない蛇足として。だが、今日までに世界各地で同じような無作為の変態が起こった結果、グリセリン結晶ももはやありふれたものとなった。

[木幡和枝ほか訳: 生命潮流, 工作舎, 1981, pp.59-60](強調はKumicitによる)
とてもうまい語りだ。酒石酸エチリンジアミンと違って、ヴィジュアル的にもいい。結晶化しないと信じられていたグリセリンが結晶化し、それが世界へ広まる」というイメージはとてもいい。

しかし、それは語りの効果優先の捏造だった。Sheldrakeを高く評価していると思われるJames Kieferが、このLyall Watsonの捏造を批判して、Lyall Watsonが論拠として提示した参考文献を調べた:
CITATION 1: [Aleksandr Ivanov Oparin, Academy of Sciences of the USSR, THE ORIGIN OF LIFE ON EARTH, 3rd ed, translated by Ann Synge, Academic Press, New York, 1957, p 98]
Dauvillier adduced the crystallization of glycerine as an example of such configurations arising by chance. Although glycerine had been known since the eighteenth century, for a long time it had only existed in liquid form. The first crystals of glycerine were found in a barrel which was sent from Vienna to London. This sudden crystallisation was due to an unusual combination of movements which occurred, purely be chance, in the barrel. Since that time the spontaneous crystallisation of glycerine has been observed two or three times in all. It is, however, easy to obtain crystals of glycerine by seeding liquid glycerine with a pre-existing crystal.

偶然できる配置の例としてDauvillierはグリセリンの結晶化を挙げた。グリセリンは18世紀から知られていたが、長きにわたって、液状としてのみ存在していた。グリセリンの最初の結晶はウィーンからロンドンへ運ばれた樽の中で見つかった。まったく偶然に、種々の動きのまれにみる組み合わせにより、樽の中で突然結晶化した。その後、グリセリンの自然結晶化は、合計2回か3回観察された。しかしながら、既存の結晶を種とすることで液状グリセリンから、容易にグリセリンの結晶を得られる。

NOTE: Oparin does not footnote his reference to Dauvillier, but has the following entries for him in the bibliography: [A. Dauvillier, ASTRONOMIE, 52, 529 (1938); GENESE, NATURE ET EVOLUTION DES PLANETES, Paris, 1947; COSMOLOGIE ET CHEMIE, Paris, 1955.]

CITATION 2: [GE Gibson and WF Giauque, "The Third Law of Thermodynamics. Evidence from the specific heats of glycerol that the entropy of a glass exceeds that of a crystal at the absolute zero", J. Am. Chem. Soc. 45:93-107, 1923][ACS]

The problem of crystallizing glycerol proved to be of some interest. A tube of glycerol was kept with one end in liquid air, the other at room temperature, for a period of several weeks without results. Seeding with various organic crystals of similar structure was also tried. In fact the artifices ordinarily used for starting crystallization in the absence of seed crystals were all tried without success. The few references in the literature indicated that glycerol has only been obtained in the crystalline form by chance. Inquiry among places storing large quantities of glycerol finally revealed some crystals at the plant of the Giant Powder Company at Nanoose Bay, B.C. After the seed crystals had arrived it was found that crystallization practically always occurred when amounts of 100 g. of any laboratory sample were slowly warmed over a period of a day, after cooling to liquid-air temperatures. This occurred even when great precautions were taken to exclude the presence of seeds. However, it was found readily possible, by temperature manipulation alone, to produce crystalline or supercooled glycerol at will.

グリセリンの結晶化の問題についても、少し興味をそそられることがわかった。グリセリン1本の片側を液体空気、反対側を室温に、数週間たもっても何も起きなかった。類似した構造の有機結晶を種として試した。実際に、種結晶を使わずに結晶化させる通常の方法を試したが、結晶化させられなかった。幾つかの文献では、グリセリンの結晶は偶然にしか得られないと示していた。大量のグリセリンを保管しているところに問い合わせた結果、British ColumbiaのNanoose BayにあるGiant Powder Companyの工場に、結晶があることがわかった。種結晶が届いた後で、実験室にある100gの試料を液体空気温度まで冷却してから、1日かけて暖めてれば、いつでも結晶化することがわかった。種結晶が混入しないように予防措置を徹底しても、この結晶化は起きた。しかし、温度操作だけで、容易に結晶や過冷却グリセリンを意図的に作り出せることがわかった

(強調はKumicitによる)[James Kiefer: "The Pattern Theory"より引用]
どこにも超自然な記述はない。温度操作だけで可能だと記述されている。

なお、Lyall Watsonは結晶化が起きた場所を特定していないが、原論文にはBritish Columbia州Nanoose BayにあるGiant Powder Companyという工場を特定する記述がある。


これとは別に、グリセリンの結晶化についてのソースを見つけた:
At one time crystallized glycerin, from a Vienna manufacturer, was brought to London, requiring the knife and hammer to break it. It resembled rock-candy (sugar), being in white, octahedral crystals, with considerable refractive power, and, when melted, the liquid glycerin presented all its usual properties, but could not be again reduced to the crystalline condition. It seems that prolonged exposure to a temperature of 0° C. (32° F.) will bring about crystallization, and contact with a crystal already formed will promote this process. The crystals, while hard and gritty, are very hygroscopic. More recently, some specimens, after being melted, were found by Prof. Trimble to have a high specific gravity (1.2618) (see Wallace Procter, in Amer. Jour. Pharm., 1885, p. 273).

あるとき、結晶化したグリセリンがウィーンの製造業者からロンドンに届いた。これを壊すのにナイフとハンマーが必要だった。それは、氷砂糖に似ていて、白色の八面体の結晶で、かなりの屈折力を持ち、溶けると普通のグリセリンと同じ性質を持っていたが、再結晶化できなかった。0℃の状態に長くさらされたことで結晶化が進み、既に形成されていた結晶によってこれが促進されたと思われる。結晶は硬くてざらざらしていたが、強い吸湿性を持っていた。最近、少しのサンプルが溶けた後に、高い比重(1.2618)を持つことがわかった(Wallace Procter, in Amer. Jour. Pharm., 1885, p. 273)。

[King's "American Dispensatory" by Harvey Wickes Felter, M.D., and John Uri Lloyd, Phr. M., Ph. D., 1898.]
この記述からすると、1885年のProcterの論文よりも以前に、この偶然の結晶化は起きたようだ。蒸気自動車は実用化されていたが、ガソリンエンジンは登場前後くらいの時代のことになる。


Sheldrakeと結合させた喰代バージョン

喰代氏は"なぜそれは起こるか"(1996)において
ベストセラー「スーパーネイチャー」の著者でニューサイエンスの旗手ともいわれるライアル・ワトソンがその著「生命潮流」の中で述べている。私たちの新しいものの見方、新たなる姿勢、つまり一種の「精神の種子」が作用を及ぼして、結晶化が起こるというのだ。本当だろうか。

これから本書で紹介する「シェルドレイクの仮説」は、この現象をうまく説明することができる。
と書いて、Lyall Watsonに触れつつ、Sheldrakeに話をつないでいる。ただし、グリセリンの結晶化がLyall Watsonの"Lifetide"を出典としているとは書かれていない。

で、グリセリンについての記述は次の通り:
ところが19世紀に入ってまもなく、怪現象が起こった、一樽のグリセリンがウィーンの工場からロンドンに運ばれる途中のことだった。どうしても結晶にならなかったグリセリンが、樽の中で突然、結晶化したのである。これに興味をもった化学者たちはその結晶をわけてもらい実験してみると、たしかにグリセリンは結晶化した。それは摂氏17度前後を境にして起こった。

同じころ、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるジャイアント・パウダー・カンパニーという化学会社の工場のグリセリンが結晶化していた。それを知ったカリフォルニア大学のG.E.ギブソンとW.F.ギアウケはその結晶をわけてもらった。彼らはグリセリンの詳しい研究をするため、別途輸入した液体グリセリンで結晶をつくろうとしていた。普通、つくりたい結晶の物質が溶けている溶液の中に核となる微細粒子を入れると、その粒子に結晶が付着してきて結晶は成長する。それで結晶をつくるときは、核となる微細物質を使うことが多い。ギブソンたちはグリセリンと構造のよく似た物質の結晶を核として、グリセリンの結晶をつくろうとしていた。ところがいくら試みてもグリセリンは結晶化しなかった。そこで彼らはその化学会社からわけてもらったグリセリンの結晶を核に使ってみたのである。はたしてわけてもらった結晶を核として使うと、別途輸入した液体グリセリンは容易に結晶体になった。

不可解なことはそれから起こった。その化学会社の結晶が彼らの実験室に届いてから、それを結晶の核として使わなくても、液体グリセリンは容易に結晶化したのである。また、その結晶が核として混じらないように細心の注意をはらっても、結果は同じだった。ところが、まもなくするうちに実験室にあったすべてのグリセリンは温度を変えるだけで自動的に結晶体になったのだそして今では世界中のグリセリンは17度以下で結晶化するのである

[喰代 栄一: "なぜそれは起こるのか", 1996 (Amazon)] pp.20-21

この記述について、「kikulog: グリセリンの結晶」において、喰代氏が原論文を読んでいるはずとの指摘がなされている。論点は:

  • [喰]では「カナダのブリティッシュコロンビア州にあるジャイアント・パウダー・カンパニー」とあるが、これは[LW=Lyall Watson]にはない。
  • [LW}では「実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである」とあるが、[喰]では原論文にしたがって「まもなくするうちに実験室にあったすべてのグリセリンは温度を変えるだけで自動的に結晶体になったのだ」とある
  • [LW]では「なかには密閉容器に入っていたものすらあったという」とあるが、[喰]では「その結晶が核として混じらないように細心の注意をはらっても、結果は同じだった。」
喰代氏はLyall Watson:"Lifetide"の記述が捏造品であることを知っていて、原論文にあわせていると思われる。

ただし、「そして今では世界中のグリセリンは17度以下で結晶化するのである」と超常現象を思わせる記述に入る。その上で、SheldrakeのMorphogenetic Fieldの例として挙げている。これが、Sheldrakeとグリセリンの結晶化が結びつかせることになったようだ。

ただ、喰代氏よりも4年前に結びつけた例はある。ただし、この例では出典を明示している:
シェルドレイクはこの書で「形態共鳴」という実に興味深い概念を展開しています。似たようなエピソードがライアル・ワトソンの『生命潮流』(工作舎)にも紹介されています。

今世紀初頭、ウィーンの工場からロンドンの得意先に運ばれる途中の一樽のグリセリンにおかしなことがおこった。「まったくの偶然だが、その間に起こった種々の動きのまれにみる組み合わせにより・・」結晶化が起こったのだ。(当時、固体グリセリンの製造は不可能とされていた)(中略)
(その後、化学者が)あるひとつのグリセリン試料を使った実験で結晶化に成功すると間もなく、実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである。なかには密閉容器に入っていたものすらあったという。(P59-60)

[1992/08/30 ウィルスレベルでの形態共鳴仮説 by アクエラ]


その後は、Lyall Watsonバージョン(たとえばこれとか)と喰代バージョン(たとえばこれとか)が流布されている。


変種群の登場

そして、今では様々なグリセリンの結晶化の変種群が出現している。


  • グリセリンの結晶化をSheldrakeが語った
    http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/tegami/tegami7.html
     化学の世界では、どんな物質でも一度結晶化することができると、後は簡単に結晶にすることができると言われています。イギリスの植物学者ルパート・シェルドレイク博士は、「すべての物質には、同じ種類の物どうしを結ぶネットワークのようなものがあるのです。ひとつのグリセリンが結晶の仕方を覚えたとき、その経験が、見えないネットワークを通じて他のグリセリンにも影響を与えたのではないでしょうか」と言っています
    そんなことは言ってない。というか触れてもいないのだが。

  • 同時にカナダでも結晶化した
    http://suiren.dokyun.jp/archive/d-20060620.html

    グリセリンは摂氏17.8度以下で結晶化するという性質がありますが、このグリセリンは昔は温めても冷やしても絶対に結晶化できない物質でした。
    ところが19世紀になってウィーンからロンドンへの輸送中に突然結晶化。原因は不明です。驚くことに、ほぼ同時期カナダの研究所でも突然グリセリンが結晶化。
    一気にカナダまでとは。

  • 20世紀初頭に、ニトログリセリン?
    http://page.freett.com/slicer93/0-l-space-3799.html

    マンガを読んで面白いものが載っていたので報告です。
    ...
    ニトログリセリンは100年以前までは熱しようが凍らせようが絶対に結晶化しない液体でした。
    20世紀初頭、ウィーンからロンドンへ大量のグリセリンを輸送中のこと、折しもビスケー湾は記録的な台風に見舞われた。
    わずかな振動も許されぬグリセリンの輸送だというのに…
    とにもかくにも船は無事に到着。
    船員達は真相を確認すべく樽の開封を急いだ。
    そこで彼らの見た物は、今まで見たことない見事に結晶化したグリセリンだった。
    ところが事態はそれだけにとどまらずその日を境に世界中のグリセリンが次々と結晶化をした、と報告が入るようになった。

    この"マンガ"は、板垣恵介の「バキ」

ヴィジュアル的にはLyall Watsonの捏造よりも、「バキ」のニトログリセリンの輸送の方が印象的だ。それにしても危ない過ぎる。1979年のLyall Watsonの捏造したグリセリン伝説は、ニトログリセリンに変身して新たな伝説として流布されていくかもしれない。

posted by Kumicit at 2007/01/18 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007/01/17

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (2/7) "見捨てられた"酒石酸エチレンジアミン

今日は、いまひとつ広まらなかったSheldrakeの酒石酸エチレンジアミンのリナージュを軽く追ってみる。


始まりはSheldrakeによるささやかな引用

Rupert Sheldrakeは自らが主張する仮説Morphogenetic fieldの証拠となるかもしれない例として、酒石酸エチレンジアミンのエピソードを、1981年の本"A new science of life"で、引用した。もちろん、証実験を行ったわけでもないので、Sheldrakeは論拠だとか証拠だとか言ってはいない:
In fact, chemists who have synthesized entirely new chemicals often have grate difficulty in getting these substances to crystallize for the first time. But as time goes on, these substances tend to crystallize with greater and greater ease.

This principle is illustrated in the following account, taken from a textbook on crystal, of the spontaneous and unexpected appearance of a new type crystal:

事実、まったく新しく合成された化学物質は、非常に結晶化させにくいということがよくある。しかし初めはむずかしくても、時間がたつにつれてしだいに結晶化させやすくなることが多い。

この原則は、以下の結晶に関する教科書の記述に具体的に示されている。これは、新種の結晶が自発的に、予期せず出現したことについて書かれたくだりである。


'About ten years ago a company was operating a factory which grew large single crystals of ethylene diamine tartrate from solution in water. From this plant it shipped the crystals many miles to another which cut and polished them for industrial use. A year after the factory opened, the crystals in the growing tanks began to grow badly; crystals of something else adhered to them --- something which grew even more rapidly. The affliction soon spread to the other factory: the cut and polished crystals acquired the malady on their surfaces...

The wanted material was anhydrous ethylene diamine tartrate, and the unwanted material turned out to be the monohydrate of that substance. During three years of research and development, and another year of manufacture, no seed of the monohydrate had formed. After that they seemed to be everywhere.' (A. Holden and P. Singer)

「十年ほど前のこと、ある会社の工場で水溶液からエチレンジアミン酒石酸塩の大きな単結晶をつくっていた。できた結晶は、ここから何マイルも離れた別の工場へ運ばれ、切断し磨かれて産業用に販売されていた。この工場が開設して一年後、タンクの中で、結晶が異常な成長をしはじめた。何か別の結晶が付着し、それが急速に成長していたのだ。この災いはやがてもう一方の工場にも伝播し、切断して磨かれた結晶の表面にも<病気>が現れた...。

必要な物質は無水のエチレンジアミン酒石酸塩だったのに対し、できてしまったのはその物質の一水化合物だったのである。三年間の研究開発期間、およびその後一年間の生産期間には、一水化合物の種子は一度たりとも形成されなかった。ところがこの事件以後、それはいたるところに現れたのである」(A. ホールデン、P. シンガー)


These authors suugest that on other planets, type of crystal which are common on earth may not yet have appeared, and add: 'Perhaps in out own world many other possible solid species are still unknown, not because their ingredients are lacking, but simply because suitable seeds have not yet put in an appearance.'

著者はさらに、地球上ではありふれた結晶でも、他の惑星ではまだ出現していないものがあるかもしれないと示唆し、こうつけ加えている。「われわれの住む世界には、まだ知られていない固体の種が数多くあるのかもしれない。その成分が存在しないのではない。たんにまだ適切な種子が出現していないために、それらの物質はこの世に姿を現わしていないのだ。」

Rupert Sheldrake: A new science of life, 1987(Amazon) [1985年 Anthony Blond版と同一, 初版は1981年のBlond and Briggs版], p.108
日本語訳: [幾島幸子・竹居光太郎 訳: "生命のニューサイエンス", 1986 (Amazon), pp]
Sheldrakeが引用したのは、1960年に出版されたHolden&Singerによる"Crystals and Crystal Growing"という本である。この本は、結晶の科学を高校生レベルの読者を対象に、実験で学ぶことを目的として書かれている。名著のようで、若き日に読んだときの熱い思いをAmazon.Comで語る人もいるくらい。1942年生まれのSheldrakeも若き日に読んだのだろうか。

さて、この"Crystals and Crystal Growing"のSheldrakeによる引用部分の前後を含めた部分は次のようなもの:
About ten years ago a company was operating a factory which grew large single crystals of ethylene diamine tartrate from solution in water. From this plant it shipped the crystals many miles to another which cut and polished them for industrial use. A year after the factory opened, the crystals in the growing tanks began to grow badly; crystals of something else adhered to them as shown in plate 11 -- something which grew even more rapidly. The affliction soon spread to the other factory: the cut and polished crystals acquired the malady on their surfaces.

10年ばかり前、ある会社が、酒石酸エチレンジアミンの大きな単結晶を水溶液から成長させる工場を持っていた。この工場からその結晶を出荷し、だいぶ離れた別の所で工業的用途に向けるため切って磨く作業をしていた。工場が動き始めてから一年たつと、タンクの中で成長する結晶の品質が悪くなった。口絵写真1に示すように他の結晶がその表面に付着するし、しかもそれはより速やかに成長するものであった。この悩みは他の工場でも起こった。切って磨いた結晶の表面にもこの種の結晶が発生した。

Enough of the unwanted material was collected to make a superaturated solution of it. Since crystals of both materials--- the unwanted and the wanted---would grow in that solution, the unwanted substance must contain the desired substance. And since crystals of both would grow in a pure solution made from the desired crystals, the unwanted crystals could not be the result of an unwanted impurity which had crept into the solution during the manufacturing process.

そこで不必要な方の結晶の成分を多量に集めてその過飽和溶液をつくった、無用物質および有用物質の両方の結晶がその溶液中で成長するのだから、その無用物質も有用物質を含んでいるはずである。そして、両方の結晶は有用物質の結晶でつくった純粋溶液中で成長するので、無用物質の結晶は製造過程中溶液に入った不純物によるものではあり得ない。

The wanted material was anhydrous ethilene diamine tartrate, and the unwanted material turned out to be the monohydrate of that substance. During three years of research and development, and another year of manufacture, no seed of the monohydrate had formed. After that they seemed to be everywhere. You can imagine, if you like, that in some other world nickel sulfate hexahydrate is well known, and the heptahydrate has not yet appeared. Perhaps in our own world many other possible solid species are stil unknown, not because their ingredients are lacking, but simply because suitable seeds have not put in an appearance.

そこで有用物質は無水の酒石酸エチレンジアミンであり、無用物質はその一水和物であることがわかった。三年間の研究と工業化および数年間の製造の間一水和物の種は生成したことがなかった。その後それらはどんなところにもあるように思われた。もし、お望みならば、ある別の世界で硝酸ニッケル六水和物はよく知られているが、七水和物はまだ知られていない場合を想像すればよい。恐らく、われわれ自身の世界でもまだ知られていない固体があり、それらはその成分が存在しないためではなく、適当な種が見いだされないだけの理由のものもあるだろう。

英文: [Alan Holden and Phyllis Singer: "Crystals and Crystal Growing (Sci. Study S)", Heinemann Educ. 1961 (Amazon)]
http://www.ic.unicamp.br/~stolfi/PUB/misc/misc/CrystalSeed.txt
日本語訳:[崎川範行 訳: "結晶の科学―物性の神秘をさぐる",河出書房新社, 1977 (Amazon) 第2章「溶液」-- 飽和とか飽和 pp.82-83]
(日本語訳には同じ崎川範行氏による1968年版(Amazon,河出書房)も存在するが、同一である。)
これは、Holden&Singerが、結晶種を使った析出の解説のついでに、誰も知らない結晶があるという話をしている部分である。

これを引用したSheldrakeの主張というより示唆は、「結晶種ではなく、Morphogenetic fieldのせいかもしれない」というもの。
ただ、酒石酸エチレンジアミンにこだわりはないようで、その後、Sheldrakeは酒石酸エチレンジアミンに触れた例は見当たらない。

なお、翻訳版「生命のニューサイエンス」の「結晶の科学」引用部分は、崎川範行氏による訳文ではなく、幾島幸子・竹居光太郎が独自に訳したものである("malady"を<病気>と訳すなど)。特に、次の一文は、印象を強めにしている。

英文: After that they seemed to be everywhere.
崎川: その後それらはどんなところにもあるように思われた。
幾島/竹居: それはいたるところに現れたのである。


SheldrakeとLyall Watsonの結合

Lyall Watsonの捏造である"百匹目の猿"および"グリセリンの結晶化"を、SheldrakeのMorphogenetic fieldに結びつけたのが、1996年の喰代栄一氏による「なぜそれは起こるのか」という本である。ここでは、"グリセリンの結晶化"と"酒石酸エチレンジアミン"のエピソードが連続して紹介されている:
また、こんな例もある。1950年代のこと、ある民間会社の工場で産業用にエチレンジアミン酒石酸塩という化学物質の大きな結晶を水溶液から成長させてつくり、それを別の場所で切って磨く作業をしていた。ところがこの工場開設一年後に、結晶をつくるタンクの中で異変が生じた。できる結晶の品質が悪くなったのである。表面には他の結晶が付着し、しかもその結晶は成長速度が速かった。また、切って磨いた結晶の表面にも同じような結晶が発生したのだ。そしてその現象は他の工場にも現れ、やがていたるところに現れたのである。

初めは何か他の物質が結晶に付着していたのだと思われた。しかし詳細に分析してみると、その結晶はエチレンジアミン酒石酸に水の分子が一つくっついた形の化合物だったのだ。今までつくって販売していたのは純粋にエチレンジアミン酒石酸塩の結晶だったが、突然、エチレンジアミン酒石酸の分子の中に水の分子が一つ入った形の結晶ができはじめたのである。この会社は工場開設前に数年間の研究と試験的製造を行ってきたが、その間一度たりともそんな結晶はできなかった。しかし操業開始一年後のある日を境に、それはできはじめたのである。

...

これから本書で紹介する「シェルドレイクの仮説」は、この現象をうまく説明することができる。つまりひとたびある物質の結晶が、ある形をもってこの世に出現すると、それを形成した一種の「場」が同じ物質に影響を与え、同じ形の結晶を作らせると...。

[喰代 栄一: "なぜそれは起こるのか", 1996 (Amazon)] pp.21-23
酒石酸エチレンジアミンについての記述は、幾島/竹居による「生命のニューサイエンス」の訳文どおりに「やがていたるところに現れたのである」が使われている。喰代氏は「なぜそれは起こるのか」の参考文献に、英語版"A new science of life"も挙げているが、実際には訳本を見て書いたということだろう。

そして、おそらくこの本によって、日本国内ではSheldrakeとグリセリンが結合することになったお思われる。ただし、Lyall Watsonの捏造である"百匹目の猿"および"グリセリンの結晶化"を、SheldrakeのMorphogenetic fieldに結びつけたのは喰代氏の独創ではない。たとえば喰代氏の本が出版される4年前に...

==>1992/08/30 ウィルスレベルでの形態共鳴仮説 by アクエラ


喰代氏の「なぜそれは起こるのか」の後、グリセリンの結晶化とSheldrakeが結合するとともに、酒石酸エチレンジアミンはSheldrakeとともに語られることは逆に少なくなったようだ。googleでさがしても、「なぜそれは起こるのか」と同様の記述はあまり見つからない:これくらいしかない。


プリオンとともに再登場する酒石酸エチレンジアミン

あまり関心を持たれなかった、酒石酸エチレンジアミンのエピソードが再登場したのは、
1997年のRichard Rhodesの本「死の病原体プリオン」である:
Gajdusek cites the strange case of an industrial "infection" that occurred during the Second World War. Ethylen diamine tartrate (EDT) is a compound widely used as a purifying agent in industrial processes. A plant that was making EDT became infected with a nucleating agent that caused its EDT to precipitate in an abnormal crystalline state. The "infected" form of EDT didn't work. It was junk. "This infection crippled the industry", Gajdusek writes, "and could not be cured."

とても面白い実例がある、とガイデシュックは、第二次世界大戦中にある工場で起こった珍しい感染現象の例の話をしてくれた。酒石酸エチレンジアミン(EDT)は工場で清浄剤として広く使われている薬剤である。このEDTを製造していた工場で成核剤が汚染され、異常な結晶形を持ったEDTが析出しはじめた。 この異常型EDTには清浄効果がなく、捨てるしかなかった。「これが産業界全体に感染して、どれも使えなくなった。そのうえ正常なEDTがどうしても作れなくなったんだよ。」

[Richard Rhodes: "Deadly Feasts: The "Prion" Controversy and the Public's Health", 1997/03 (Amazon)] p.196
[リチャード ローズ: 死の病原体プリオン, p.217, 1998/07(Amazon)]
特に出典は示されず、ノーベル賞受賞な1923年生まれのDr.Carleton Gajdusekがどこかで書いたものとして紹介されている(日本語訳だと、おしゃべりとして紹介されているが)。

印象的な記述だったようで、プリオンに絡んで、1997年に同様の話を書いている例がみられる:
Carleton Gajdusek, the Nobel Prize winner and originator of the "crystallisation" theory, pointed out an analogy with the strange history of a chemical called ethylene diamine tartrate (EDT). Before the second world war, EDT was widely used as an industrial purifying agent. One day, a factory that was producing it became "infected" with a nucleator that made all the EDT form abnormally. Suddenly, the molecules all adopted a useless configuration. It is now impossible to manufacture the original kind on an industrial scale, because it always gets contaminated. This is an uncomfortable analogy to ponder.

[Paul Pearson:MAD DINOSAUR DISEASE, PALAEONTOLOGY NEWSLETTER, No. 36, pp.6-7, 1997.]


国内だとgoogleでひっかかるのは:

http://piza.2ch.net/log/sci/kako/943/943604246.html
グリセリンの結晶化

3 名前: JN 投稿日: 1999/11/26(金) 23:31
酒石酸エチレンジアミンの結晶も同じような事が起きたらしい。

10 名前: JN 投稿日: 1999/11/28(日) 17:05
工場の清浄剤として使われていた酒石酸エチレンジアミンは、第一次世界大戦当時まで、...

15 名前: JN 投稿日: 1999/11/29(月) 02:21
なお、酒石酸エチレンジアミン云々の話は「死の病原体 プリオン」からそのまんまです。

21 名前: JN 投稿日: 1999/11/29(月) 19:48
リチャード・ローズ著 「死の病原体 プリオン」草思社
217ページより ...

明示的にRichard Rhodesの引用として酒石酸エチレンジアミンが語られる。

その後は、明示的な例は見られなくなり、うろ覚えなのが少し:
  • 2003/07/29 water:days: "酒石酸エチレンジアミンの結晶型" by ryo
    酒石酸エチレンジアミン(EDT)の結晶型が、第二次大戦中にある工場の成核剤が偶然からか異常型の結晶に汚染され、世界中の結晶型がすべて異常型に変化してしまった件...
    この事件以降、正しい結晶型の EDT は2度と作ることができなくなったという話。

    追記:どうやら、昔聞いたのはグリセリンの結晶化の話だったようだ。こっちはかなり有名だしね。

  • 2004/09/22 〜 2006/05/19 2004年度 レポート第9回 回答集by 荒木正健 (レポート期日から最終更新までのどこか)
    一昔前に、酒石酸を結晶化させる研究で、どうしても異性体の酒石酸を結晶化できないという問題がありました。ですがある学者が偶然結晶化した異性体の酒石酸を発見し、それを同酒石酸の液体に加えたところそこでも結晶化が始まったというのです。プリオンの話は、それと似すぎているように思えてなりません。
    ...
    酒石酸エチレンジアミン(EDT)の結晶型が、第二次大戦中にある工場の成核剤が偶然からか異常型の結晶に汚染され、世界中の結晶型がすべて異常型に変化してしまった、という事件が実際にあったようです。結晶化のために成核剤というものをすでに用いていたようですね。




Richard RhodesとSheldrakeの結合したリナージュ

きっちりSheldrakeのMorphogenetic fieldと、プリオンがらみの酒石酸エチレンジアミンなエピソードがつながったのは2002年と思われる:
googleでひっかかったのは、プリオシン海岸をソースとするささやかなリナージュ。

本来は、Holden&Singerの本を引用する形でSheldrake自身が触れた酒石酸エチレインアジミンは、いったんSheldrakeから切り離された。そしてここで、Richard Rhodesを発信源とするプリオンがらみの酒石酸エチレンアジミンとして、Sheldrakeに結合している。

ただ、これ以上の酒石酸エチレンジアミンとSheldrakeネタの広がりは見られない。

グリセリンの結晶化と酒石酸エチレンジアミンは同じポジション(SheldrakeのMorphogenetic fieldの論拠として主張される)にあるため、生存競争となり、あっさりグリセンリンの結晶化が勝利してしまったというところだろうか。

posted by Kumicit at 2007/01/17 01:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007/01/16

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (1/7)

呪術とは、経験的事実に基づこうとする点で宗教よりも科学の方にに近いが、科学的に証明されざるもの。たとえば、"Intercessory Prayer"は科学的な方法でその効力を証明しようという試みが繰り返されているが、いまだその実在が証明されたことはない。

==>忘却からの帰還: "Intercessory Prayer"動向(1,2,3,4,5,6,7)

だから、"Intercessory Prayer"は呪術の版図内にある。そんな今日の代替医療が基づくものと主張し、6つの呪術を挙げたのが、Phillips Stevens, Jr.(2001)である。そのひとつが、"A coherent, interconnected cosmos"(コヒーレントで、すべてがつながった宇宙)である:
It is widely believed that everything in the cosmos is actually or potentially interconnected, as if by invisible threads, not only spatially but also temporally-past, present, and future. Further, every thing and every event that has happened, is happening, or will happen was pre-programmed into the cosmic system; and after it has happened, it leaves a record of itself in the cosmic program.

宇宙にあるすべてのものが、実際に、あるいは潜在的に見えない糸でつながれたように、相互につながっていて、それは空間的なつながりだけでなく、過去・現在・未来と時間的にもつながっていると広く信じられている。さらに、あらゆる物事、そしてこれまでに起きたこと、今起きていること、そしてこれから起きることが、すべてあらかじめ、宇宙のシステムにプログラムされている。そして起きると、それはそれ自体の記録を宇宙のプログラムに残していく。

この呪術に"Morphic Field"という名を与えて科学にしようとしたのが、1942年生まれのDr. Rupert Sheldrakeである。"Morphic Field"とはDr. Rupert Sheldrakeによれば、自然の記憶であり、時間とともに変化する自然法則、結晶構造、生物の形態などを記憶し、生物個体間のテレパシーを媒介するというもの。1981年の著書"A New Science of Life"で"Morphic Resonance"(形態共鳴)あるいは"Morphogenetic Field"(形態形成場)と呼んで提唱したものである。

"Intercessory Prayer"と同じく、メカニズムなどは一切提示されないので、"超自然"といってよい。ただ、メカニズムを特定しないからといって、科学としては成立しないというわけではない。

==>Lenny Flank: "Does science unfairly rule out supernatural hypotheses?"
==>忘却からの帰還:科学は先験的に超自然を排除するか?

とはいえ、Marks and Colwell[2000/09]と、Sheldrake [2001/03]と、Robert Baker [2000/03, 2001/03]の応酬などを見る限り、Dr. Rupert Sheldrakeは超自然を持ち込むだけの根拠は示せていない。


Lyall Watsonとの違い

Dr. Rupert Sheldrakeと同様な主張をしているのが、1939年生まれのLyall Watsonである。Lywall Watsonは、1979年出版の著書"Lifetide"で、"Contingent System"(コンティンジェントシステム)という名をつけ、その例として、"百匹目の猿現象"と"グリセリンの結晶化"などを挙げた。が、いずれも事実の捏造だったことが明らかになっている。

Lywall Watsonと違って、Dr. Rupert Sheldrakeは明白な事実の捏造をしていない。たとえば"グリセリンの結晶化"と似たネタで、酒石酸エチレンジアミンの水和物のエピソードを挙げている。これは現象自体は事実なのだが、"グリセリンの結晶化"のような派手さがないのか、あまりネット上で語られることがない。また、Dr. Rupert Sheldrakeは"百匹目の猿現象"について:
Rupert Sheldrake: Answers to Your Most Frequently Asked Questions

The 100th monkey story is often told and appears to support the idea of morphic resonance. However, I never use this myself because most of the versions of it that are in circulation have drifted a long way from the actual facts. It is then easy for sceptics to debunk.

百匹目の猿の話は形態共鳴(morphic resonance)を支持するものとして語られている。しかし、私自身はこれを使ったことはない。というのは、この話の流布されている大半のバージョンは事実とはかけ離れているからだ。懐疑論者が偽りを暴くのは容易だ。
と述べて、自説の論拠にはしていない。同様にグリセリンの結晶化について、Dr. Rupert Sheldrakeはまったく触れていない。


捏造ネタ"百匹目の猿現象"と"グリセリンの結晶化"に科学の装いを与える役回りに

Dr. Rupert Sheldrake本人が"百匹目の猿現象"を論拠にしないと明言している。ネット上でもDr. Rupert Sheldrakeの熱狂的支持者と思われるJames Kieferは、Lyall Watsonなど信用できず、"百匹目の猿現象"は事実に基づかず、Dr. Rupert Sheldrakeは"百匹目の猿現象"に言及していないと書いている[ここ]。

しかし、それは例外的で、むしろ"百匹目の猿現象"と"グリセリンの結晶化"とともに、Morphic Field(形態場)が語られる例の方が多い。というより、捏造ネタに科学の装いを与えるために、Morphic Field(形態場)が持ち出されるという方が正しいかもしれない。

というのは、Dr. Rupert Sheldrakeとその主張たるMorphic Field(形態場)を持ち上げるのなら、"百匹目の猿現象"と"グリセリンの結晶化"などというLyall Watsonの捏造ネタなど持ち出すはずもないからだ。

ということで、Morphic Field(形態場)がまっとうかどうかは、さておいて、"酒石酸エチレンジアミンの水和物"と、捏造ネタ"百匹目の猿現象"と捏造ネタ"グリセリンの結晶化"について、ちょっと追いかけてみたい。

posted by Kumicit at 2007/01/16 02:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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