2014/02/23

無効化されているルイジアナ州創造論進化論均等取扱州法を廃止する2度目のチャレンジ

Edwards v. Aguillard裁判(1987年)で違憲判決が確定し、無効化されたルイジアナ州創造論進化論均等取扱州法は、まだ条文としては残っていた。昨年(2013年)、この残骸を廃止する条文を州法案SB205に盛り込んで、州上院本会議を通過したが、その条文は州下院で消滅していた。

米国の進化論教育及び気象教育を守るNCSEによれば、この残骸を廃止する州法案が再び提案された。
Louisiana's Senate Bill 70 (PDF) would, if enacted, repeal the state's Balanced Treatment for Creation-Science and Evolution-Science Act, which was enacted in 1981 and declared to be unconstitutional by the United States Supreme Court in Edwards v. Aguillard in 1987. Yet the law remains on the books. SB 70 was prefiled by Dan Claitor (R-District 16) on February 17, 2014, and referred to the Senate Committee on Education.

ルイジアナ州上院州法案SB70は成立すれば、1981年に成立し、Edwards v. Aguillard裁判の連邦最高裁所の違憲判決により無効化されたルイジアナ州創造論進化論均等取扱州法を廃止する。この州法はまだ記述上は残っている。SB70はDan Claitor(共和党District 16)による予備登録され、州上院教育委員会に送られた。

It is Claitor's second attempt to repeal the Balanced Treatment Act. In 2013, he amended Senate Bill 205, which concerned foreign language immersion programs in public school districts, to repeal the obsolete law, and the amended bill passed the Senate, despite the opposition of Ben Nevers (D-District 12), the senate sponsor of the so-called Louisiana Science Education of 2008, who argued that it would be useful for the law to be on the books in case the Edwards decision is ever reversed.

これは創造論進化論均等取扱州法を廃止しようとするClaitor州上院議員の2度目の試みである。2013年には公立学校の外国語Immersion問題についての州法案SB205を修正し、均等取扱い州法の廃止条項を加えた。2008年のルイジアナ理科教育州法の州上院提案者であり、Edwards裁判の判例が覆った場合には使えると述べていた、Ben Nevers(民主党District12)州上院議員が反対したが、州法案は州上院を通過した。

When SB 205 went to the House Education Committee, however, the provision repealing the Balanced Treatment Act was stripped from the bill, in part owing to the bill's original sponsor describing it as "oddball." The Senate rejected the House version of the bill, but a conference committee then agreed on a version of the bill lacking the repeal provision, which was subsequently passed by both houses of the legislature, leaving the Balanced Treatment Act intact.

SB205が州下院教育委員会に送られると、創造論進化論均等取扱州法を廃止する条項は削除された。これは州法案のもともとの提案者がその条項をoddballだと述べたことも一因である。州上院は州下院バージョンの条文を拒否したが、両院協議会で廃止条項を削除したバージョンで合意し、州上下両院を通過したため、創造論進化論均等取扱州法は残っていた。

[Louisiana to repeal 1981 creationist law? (2014/02/21) on NCSE]
こんどは独立した州法案として提案された。ただし、審議日程に載せて、州上下両院本会議まで到達するかは不明。

なお、ルイジアナ州議会は上階両院とも民主党が多数を占めており、反進化論州法である2008年の理科教育州法も民主党州上院議員の提案で、共和党全員と民主党の大半という圧倒的多数で可決されている。そして、創造論進化論均等取扱州法の廃止に動いているのが共和党議員。


posted by Kumicit at 2014/02/23 14:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/01/30

オリゲネスとタルムードと安息日

「さて、太陽も月も星もなく、第一日目には天すら存在しなかったのに、「第一日」、「第二日」、「第三日」と言われ、おまけに「朝」と「晩」があったとされているのを、合理的である解釈する人が誰かいるだろうか、私は尋ねたい」と書いたオリゲネス(184/185 – 253/254)は、他にも聖書を字義通り読むことの奇妙さの例を挙げていた。
更にまた、「安息日に荷をたずさえてはならない」(10)と[聖書が]言っているのも、遵守不能なことと私には思われる。というのは、聖なる使徒[パウロ]も言っているように、ユダヤ人の学者たちはこれらの掟から「とりとめもない作り話」(11)を引き出して、底がねのない履物をはいていれば、荷をたずさえていることにはならないが、底がねを撃った履物をはいていれば、荷をたずさえたことになる(c)、また何かを片方の背に担いでいれば、それは荷とみなされるが、両方の背に担いでいれば、それは荷とみなされないと言っているのである。



10. 「主はこう言われる。あなたたちは、慎んで、安息日に荷を運ばないようにしなさい。エルサレムのどの門からも持ち込んではならない。」 (エレミヤ書17章21節)
11. 「作り話や切りのない系図に心を奪われたりしないようにと。このような作り話や系図は、信仰による神の救いの計画の実現よりも、むしろ無意味な詮索を引き起こします。」 (テモテへの手紙一/1章4節)
c. バビロニアのタルムード Sabbath VI,2

[オリゲネス(小高毅 訳): 諸原理について (第4巻3章一, p.298)]
それらしい記述がタルムードにある。
MISHNA III.: One who carries out anything in the right or in the left hand or in his bosom or on his shoulder is culpable, as so was the manner in which the sons of Kehath carried (their burdens). 1 But one who carries out a thing on the back of his hand or with his foot, with his mouth, with his elbow, with his ear, with his hair, with his waist bag, the opening of which is at the bottom, or between his belt and his shirt, with the edge of his shirt, with his shoe or sandal, is not culpable, because he carries it in an unusual manner.

右手や、左手や、胸や、肩で何かを運んだ場合は違反である。Kehathの子らが荷をそのようにして運んだからである。しかし、手の甲の上や、足や、口や、肘や、耳や、髪や、開口部が底にあるウェストバッグや、ベルトとシャツの間や、シャツの端や、靴やサンダルで運んだ場合は違反ではない。普通でない方法で運んだからだ。

GEMARA: R. Elazar said: "One who carries out a burden ten spans above the ground [not on his shoulder, but in the air] is culpable, because in this manner the sons of Kehath carried their burdens." Whence do we know that the sons of Kehath carried their burdens in this way? It is written [Numb. iii. 26]: "Which is by the tabernacle and by the altar round about." Hence he compares the tabernacle to the altar. As the tabernacle was ten ells, so was also the altar ten ells; and whence do we know that the tabernacle itself was ten ells? Because it is written [Ex. xxvi. 16]: "Ten ells shall be the length of the boards." Or we may say that we know that the sons of Kehath carried their burdens in this manner from the ark, as the Master said: The ark was nine spans high, and with the cover, which was one span higher, it was ten. Experience is to the effect that when a burden was carried on the shoulders by means of poles, one-third of the burden was above the poles and two-thirds below; then as the ark was ten spans high and one-third of it was carried above the shoulders, it was certainly more than ten spans above the ground.

Elazar師は言った「肩の上ではなく、空中で、地上から10スパンの高さで荷物を運んだ場合は違反である。Kehathの子らが荷をそのようにして運んだからである。」どうやって、我々がKehathの子らがそのように荷物を運んでのを知っているのか? 民数記3章25節に「幕屋と祭壇を囲む庭の周りの幕とその入り口の幕、綱、およびそれにかかわる仕事をすることである。」と書かれている。したがって、彼は幕屋と祭壇を比較している。幕屋は10アンマであり、したがって、祭壇は10アンマだった。では、どうやって、幕屋が10アンマだったことがわかるのか? それは出エジプト記26章16節にある。「一枚の壁板は縦十アンマ、横一・五アンマ」 あるいは、Kehathの子らが彼らの荷をそのようにしてアークから運んだことを知っていると言ってもいいかもしれない。主が言われるように、アークは9スパンの高さがあり、1スパンの高さのカバーがあった。したがって、10スパンである。ポールを用いて肩の上で運べば、荷物の1/3はポールの上に、2/3はポールの下になる。アークは10スパンあり、1/3が肩の上で運ばれたので、確かに地上より10スパン以上ある。

[Babylonia Talmud Sabbath X (English Translation]
遵守不能の規定に抜け道のような解釈を与えることで、「字義通り」を捨てないという方法がとられていたようだ。そして、それをオリゲネスはネタにしていた。

現在の「字義通りの解釈」を行う創造論者たちは、たとえば地動説と聖書の記述を整合させるというアクロバテチックなことにチャレンジしている。二千年近く前から、あまり変わっていないというべきか。
posted by Kumicit at 2014/01/30 00:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014/01/08

福音主義キリスト教徒の学生たちが進化論を受け入れた後で...

キリスト教大学であるEastern Nazarene Collegeで1984年から2011年まで、科学を教えていたKarl W. Gibersonが、こんなことを書いている。
For a quarter century I taught scientific theories of origins−evolution and the Big Bang Theory−under a cloud of suspicion that waxed and waned but never totally disappeared. With few exceptions, my mostly evangelical students accepted these ideas. I took informal polls indicating that most of the 50 percent of my students who rejected evolution at the beginning of my course accepted it by the end. My colleagues at other evangelical colleges report similar experiences. We were hopeful that these evangelical students would become leaders of their faith communities and gradually persuade their fellow evangelicals that evolution was not a lie from hell−which was what many of them had been taught in Sunday school. But instead scientifically informed young evangelicals became so alienated from their home churches that they walked away, taking their enlightenment with them.

四半世紀、私は進化論とビッグバンという起源の理論を、大きくなったり小さくなったりしつつみ消えることのない疑いの雲の下で、教えてきた。わづかの例外を除いて、私が教えた福音主義キリスト教徒の学生たちは、これらの考えを受け入れた。非公式なアンケートで、コースの始めに進化論を否定していた50%の大半が、コースの終わりには、これらの考えを受け入れていた。他の福音主義キリスト教大学の同僚も同様の経験を報告している。我々は、これらの福音主義キリスト教徒の学生たちが彼らの信仰コミュニティの指導者となって、進化論が日曜学校で教えられているような地獄からの嘘ではないと、仲間の福音主義キリスト教徒たちを説得してくれると期待していた。しかし、実際には、科学教育を受けた若き福音主義キリスト教徒たちは、所属していた教会から阻害され、科学教育によって得たものとともに教会から歩み去って行った。

An alarming study by the Barna group looked at the mass exodus of 20-somethings from evangelicalism and discovered that one of the major sources of discontent was the perception that “Christianity was antagonistic to science.” Anti-evolution, and general suspicion of science, has become such a significant part of the evangelical identity that many people feel compelled to choose one or the other. Many of my most talented former students no longer attend any church, and some have completely abandoned their faith traditions.

Barna grouoの憂慮すべき研究は、20件ほどの福音主義キリスト教からの集団離脱を観察し、主要な不満の原因の一つが「キリスト教が科学に敵対的だ」という認識であることを発見した。反進化論、そして一般的な科学への疑いが、多くの人々に信仰と科学の二者択一を迫るほどに、福音主義キリスト教の大きな部分を占めるようになってきた。学生のときに私の授業を受けた優秀な人々は、今では教会に通うことがなくなり、信仰を絶ってしまった者もいる。

[Karl W. Giberson:"2013 Was a Terrible Year for Evolution"(2014/01/02) on DailtBeast via Ed Brayton]
科学を知ったことで信仰を失ったのではなく、科学を知った信者を教会が排除してしまっていると、Karl W. Gibersonは言う。

彼が言及した、Barna GroupのDavid Kinnaman所長率いる5年間の研究で挙げられた、若者と教会の断絶の理由の一つが確かに「科学に敵対的」というのがある。
Reason #3 – Churches come across as antagonistic to science.

One of the reasons young adults feel disconnected from church or from faith is the tension they feel between Christianity and science. The most common of the perceptions in this arena is “Christians are too confident they know all the answers” (35%). Three out of ten young adults with a Christian background feel that “churches are out of step with the scientific world we live in” (29%). Another one-quarter embrace the perception that “Christianity is anti-science” (25%). And nearly the same proportion (23%) said they have “been turned off by the creation-versus-evolution debate.” Furthermore, the research shows that many science-minded young Christians are struggling to find ways of staying faithful to their beliefs and to their professional calling in science-related industries.

教会や信仰から断絶したと若い成人が感じる理由の一つが、キリスト教と科学の間に感じられる緊張関係である。この領域で最も多い認識は「キリスト教徒は自分が全ての答えを知っていることに過剰な自信を持っている」ことである(35%)。キリスト教を背景に持つ若い成人の29%が「我々が住む科学の世界から、キリスト教は道を踏み外そうとしている」と感じている。さらに、25%が「キリスト教は反科学だ」という認識を持っている。23%が「進化創造論争で、信仰をやめた」と回答した。さらに、研究は、科学志向を持つ若いキリスト教徒の多くが、自らに信仰に留まることと、科学関連業界志向の間で葛藤していることを明らかにした。

[Barna Group 2011/09]
この結果は、反進化論はもとより、気候変動否定論などと連鎖して、政治に影響を及ぼしている福音主義キリスト教勢力だが、そうすることで、若い世代の離脱を招こうとしていることを示唆している。

posted by Kumicit at 2014/01/08 07:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013/12/19

クリスマスについての世論調査

Pew Research Centerが2013年12月3-6日に、米国の成人2001名に対して、クリスマスについての世論調査を実施した。

クリスマスを宗教イベントとして祝うか、カルチャーイベントとして祝うか、いわわないか?

[Celebrating Christmas and the Holidays, Then and Now(2013/12/18) on PEW]

ここで注目点は世代の差。65歳以上では宗教とカルチャーは66対19だが、18-29歳では39対44とカルチャー側に傾いている。このまま推移すれば、半世紀後にはクリスマスをカルチャー祝日と思う人々が多数派になる。

これほど明瞭ではないが、処女懐胎についても世代の差が見えている。
処女懐胎を信じるか?

[Celebrating Christmas and the Holidays, Then and Now(2013/12/18) on PEW]
白人の福音主義キリスト教徒や黒人プロテスタントはさておき、他宗派では処女懐胎を信じない人々がいる。少しずつではあるが、若い世代の方が処女懐胎を信じなくなってきている。

若い世代ほど宗教から距離を取り始めているようにも見える世論調査結果だが、実際のところはわからない。確かに米国全体では宗教を重要だと思う人々の比率は漸減している。一方で、若い世代に、MTD(Moralistic therapeuitic deism)と呼ばれる「神が存在して、我々がナイスであることを望んでおり、人生の要点は幸福である」という、もわっとした擬似宗教が広まり始めている。今しばらく、宗教宗派及び無宗教の比率や、教会へ行く頻度の推移などとともに、MTDの調査を眺めて行く必要があるだろう。

posted by Kumicit at 2013/12/19 16:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013/12/08

O'Reilly曰く「イエスはフードスタンプを良い考えだとは言わないだろう」

おなじみFoxnewsのホストBill O'Reillyが、イエスはフードスタンプを良い考えだとは言わないだろうと、自分の番組での、ペンテコステ派牧師との対談で述べた。
“The problem I have, as I stated is that you’re helping one group by hurting another group and a bigger group, and so I don’t know if Jesus is going to be down with that,” O’Reilly told Pentecostal Pastor Joshua Dubois.

“Jesus would be down for the poor,” Dubois pointed out. “He would want to make sure every single person in this country had enough food to eat. And the bottom line is if you add up every single private charitable dollar that feeds hungry people in this country, it’s only 10 percent of what we would need to make sure everyone has food in their stomachs. The rest comes from the federal government.”

“You’re making a powerful argument, but there is one huge mistake in it,” O’Reilly opined. “And that is that some of the people who don’t have enough to eat, it’s their fault they don’t have enough to eat. Particularly with their children.”

He continued: “If you’re an alcoholic or heroin addict or a drug addict and you can’t hold a job, alright, and you can’t support your children − and that’s a circumstance of millions and millions of people, not most, but a lot, a substantial minority − then it’s your fault, you’re bringing the havoc, that you’re asking people who may be struggling themselves to put food on the table to give their tax money to you. And then you’re not even going to buy food with it, you’re going to buy booze and drugs with it.”

“With all due respect, there’s a lot of misconceptions in what you just said,” Dubious replied. “The vast majority of that program goes to elderly people, people who are disabled, 46 percent are children and most people are working families.”

“My parents didn’t make a lot of money and they were able to put food on the table,” O’Reilly grumbled. “I give a lot of money − and you probably know this − to children’s charities, okay? Children who have derelict parents. And I say, it’s not the kids’ fault so I’m going to give the money to the kids. But I don’t give it to charities unless the charity hands it to the kids, gets it right to the kids. So, I’m circumventing the drugs and the alcohol and the other craziness, alright?”

“I don’t live in a derelict country,” Dubois insisted. “There are some folks that have the problems that you described, but that is not the vast majority of food stamp recipients.”

FoxNewsホスト Bill O'Reilly: 問題は述べたように、あなたが別の集団、より大きい集団を損ねることで、ある集団を助けていることです。したがって、イエスがそれを良い考えだと言うとは思えない。

ペンテコステ派牧師 Joshua Dubois: イエスは貧しき者たちのためにしてみようとするでしょう。イエスはこの国の最後の一人にまでも食べ物を十分に行き渡らせようとするでしょう。ボトムラインは、もしこの国で飢えた人々の面倒を見ている慈善団体の資金を10%増やすだけで、すべての人々の腹を満たせるのです。残りの資金は連邦政府が出しています。

O'Reilly: あなたは強力な論を展開しているが、大きな間違いが一つあります。そして、それこそが、十分に食べられない人々がいる理由なのです。彼ら自身のせいで十分に食べられないのです。特に子供たちが。

もし、アルコール依存やヘロイン依存や薬物依存で仕事につけないなら、子供を食べさせられないでしょう。そのような状況が幾百万もあるのです。大半ではないにせよ、多く、無視しえない少数派がいるのです。それは彼らのせいです。自力で食べ物を確保しようとしている人々に対して、税金を彼らに渡すことを求めているのです。彼らは食べ物を買わずに、そのお金で薬物を買うでしょう。

Dubois: そのすべてについて、多くの誤解があります。フードスタンプの利用者の大多数は、老人や障害者であり、46%は子供であり、大半の人々は労働しています。

O'Reilly: 私の両親は多くのお金を稼げず、十分な食料を確保できませんでした。私はご存じのように、多くのお金を子供向け慈善団体に寄付しています。養育義務を放棄した親たちを持つ子供たちに。それは子供たちの責任ではないと私は言っています。だから、私は子供たちにお金を出しています。しかし、慈善団体が子供にお金を渡さないなら、私は寄付していません。だから、私は薬物やアルコールやその他の愚行を忌避しています。

Dubois: 我々はそのような国には住んでいません。そのような問題は一部にはありますが、フードスタンプ受給者の大多数はそんなことはありません。

[David Edwards: "Bill O’Reilly: Jesus is not ‘down with’ food stamps because most poor people are drug addicts" (2013/12/04) on RawStory]
これは、ユニバーサルに存在する「論争」のようだ。
posted by Kumicit at 2013/12/08 15:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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