2016/07/24

メモ「人種偏見と発砲判断」

米国では、警官が誤って非武装の黒人に対して発砲する事件はときどき報道され問題になっている。「普通の市民よりは警官の方が誤判断が少ない」こと、しかし、「それは人種バイアスが小さいからではない」ことを示した、「武装あるいは非武装の白人と黒人の画像を瞬間的に見せる心理学実験」研究がある。
社会心理学者Joshua Correllはビデオゲームを使って、人種バイアスが容疑者に対する発砲に影響するか調べた。

かつて、連邦検察は、ニューヨーク市警の警官が、西アフリカからの移民であるAmadou Dialloを射殺した事件を起訴しないと決定した。彼が手にしようとしていた物体が銃ではないことが判明するまでに、41発の銃弾を受けた。社会心理学者Joshua Correllはデンバーでこのニュースを父親と見ていた。それは2001年1月31日のことだった。11か月前、陪審員たちは警察官たちを故殺について、ニューヨーク州の刑事裁判で無罪評決をしていた。そして、この起訴しないという発表は、Diallo殺人事件は警察の暴力性と人種差別性の証拠だとみている抗議運動者たちを怒らせた。

University of Coloradoで博士課程の研究を始めたCorrelは、「1999年の夜に何が起きたか解釈しようとするところから問題が起きている」ことに気付いた。他の条件、特に人種では、結果は違っていただろうか?警官が近づいていたのが白人で、Dialloがしたように、自分のアパートの玄関に走っていて、サイフを手にしようとしたとしたら。未明のブロンクスだったら、何が起きていただろうか。実際のところ、わからない。

しかし、彼はそれ以来、答えを求めて進んだ。4年間の博士課程の研究と、2年間のシカゴでの心理学助教授としての研究で、Correllは、警官の容疑者に対する発砲判断に、人種バイアスがどう働くか調べた。携帯電話かサイフかハンドガンを持っている、白人と黒人の画像を使って、Correllとコロラドの共同研究者たちは、瞬時判断を求めるビデオゲーム実験をつくった。絵が次々にでてきて、被験者は画像の人物がハンドガンを持っているか判断しなければない。850ミリ秒(あるいは、どれだけ被験者を急き立てたいかにより、さらに短い時間)で、被験者たちは発砲するか、そのまま放置するかキーを押す。Correllがターゲットと呼ぶものたちは、膝をついていたり、立っていたり、腕を組んでいたり、手をポケットに近づけていたりする。ターゲットたちは、公園の噴水や集合住宅の前や建設現場や樹木のある公園や駐車場などなど、よくある都市の風景を背景にしている。

実験を繰り返し、Correllは学部学生やDMV顧客やモールのフードコートの常連客や警官をテストして、まれではあるが、人々の誤りが、パターンに従っていることを見出した。非武装の白人よりも非武装の黒人に対して発砲する可能性が高く、武装した黒人より武装した白人に対して発砲し損ねる。2002年の4回の実験を列挙したJournal of Personality and Social Psychologyの論文で、Correllたちは、「黒人のターゲットの方が、発砲の閾値が低い」と書いた。その傾向は、被験者が黒人の場合でも変わらなかった。

Correllによれば、その傾向は、アクティブな偏見よりは、社会的なステレオタイプの影響と思われる。この文化バイアスは、被験者が何を信じているか、あるいは何を信じたいかによるものではない。長い時間かけて、映画を見たり、新聞記事を読んだり、ジョークを聞いたりするごとに、頭にねじ込んできたものによる。被験者を調べて、Correllはゲームの結果が、人種偏見よりもステレオタイプの認知度によって予測できることを見出した。「実際に黒人が暴力的だと考えている人々よりも、黒人は暴力的だと思われていると述べた人々の方が、人種バイアスを示す傾向がみられた」

2006年6月のJournal of Experimental Social Psychologyに掲載された論文では、どれくらい深くステレオタイプが根付いているか調べられた。実験で、Correllは被験者の頭部に電極を付けて、ビデオゲームプレイ時の神経系の活動を記録した。「驚いた。P200 (脅威に対する反応に伴う神経電位の上昇)は、白人の顔より黒人の顔を見たときの方が大きかった。」特に強くP200と、ビデオゲームでのバイアスは関連していた。「この電位変動は画面に人物像が表示されてから200ミリ秒で発生していた。我々はとても素早い前意識を見出していた。これが直感的反応だ。」とCorrellは言う。

Correllの最新の事件では、市警の警官も参加した。全体的には、警官たちは普通の市民より、素早く、かつ正確に反応した。「警官たちはほとんどミスらなかった。これは間違いない」とCorrellは言う。しかし、警官たちもバイアスから逃れてはいない。Journal of Personality and Social Psychologyの6月掲載論文で、Correllはデンバー市警の警官と、デンバー市民と、14州の警官の参加を募って、ビデオゲームを行った。主要な計測対象は、人種と反応時間の相関だった。警官と市民は同様の相関を持っていた。「ステレオタイプに反するターゲットを見た場合(銃を持たない黒人や、武装した白人)、彼らはためらう。数ミリ秒だけ遅れるが、判断を間違えるわけではない。」とCorrellは言う。

同じJPSPの2つの論文で、訓練でバイアスが除去可能であることを示す証拠を提示した。警官であれ市民であれ学生であれ、被験者たちが連続4日間ゲームをプレイすると、成績は良くなった。しかし、反応時間は変わらなかった。変わったのはミスの数だった。「複雑で変化する背景の中で、銃のような小さな物体を特定することには、コントロールと規律が必要だ。特に、根深い期待に反する画像の時には」とCorrellは言う。警官の訓練は、コントロールと規律を教えていて、これが警官のミスをほとんどなくしている。「この国の文化的ステレオタイプを変えられないとしたら、誤りを減らすことが、我々のできることのすべてだ」とCorrellは言う。

研究は充実しているとCorrellは言う。彼は警官の参加した実験の知見の探求を計画している。大都市の警官は小都市の警官よりも、人種に影響された判断遅延が大きい。Correllは神経電位変動の計測をさらに実行したいと考えている。さらに、Correllはヒスパニックやアジア系の人々の画像も使った実験や、多くの地域や人種の人々を被験者とする実験を始めている。すべての実験で、Correllは何が警官に発砲させているのか迫っている。「これは未だ、やっかいな問題だ」と言う。

story2.jpg
photo: Correllのビデオゲーム: 武装あるいは非武装の、黒人あるいは白人の容疑者が画面に表示される。秒単位の時間で、被験者は発砲するか否か判断しなければならない。

[Shooter’s choice (2007) on University of Chicago]


その後も、白人と黒人以外も含めたバイアスや、疲労度と人種バイアスの関係などの研究が続けらている。

posted by Kumicit at 2016/07/24 11:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/05/30

ハーブレメディは見過ごされている世界的健康被害

そういえば、今月初めに、ハーブレメディ「アリストロキア」によるアリストロキア酸腎症について警告する論文がEMBO reportsに掲載されたというリリースがBaylor College of Medicineから出た。

アリストロキアの使用から数か月あるいは数年経過してから発症するため、これまで危険性が知られていなかったという、伝統医薬品に見られる問題を再認識させるものであり、CNBCなどの報道機関の記事にもなった。
Herbal remedies are an overlooked global health hazard
ハーブレメディは見過ごされている世界的健康被害である


世界中の数百万〜数億の人々が、数千年前に始まった伝統に従って、ハーブ健康レメディを使っている。多くの人々は、長年にわたり使われてきたのでハーブは安全だと信じている。しかし、Baylor College of MedicineとStony Brook Universityの研究者たちは「ハーブレメディが長きに割って使われてきたことが、安全性の保証にならない」との関心を高めている。これはEMBO reportsの招待コメンタリーとして掲載される。

Baylorの医学免疫学の名誉教授であるr. Donald M. Marcusと、Stony Brook Universityの著名な薬学教授であるDr. Arthur P. Grollmanは、植物アリストロキアが、アリストロキア酸腎症を起こすことを示す科学的証拠について論じた。アリストロキア酸腎症になると、間質性腎炎や腎不全や尿道癌などの症状が起きる。

著者たちは「台湾では全国処方データベースによれば、1997〜2003年に800万人がありストロキアを含むハーブを使っていた」ことを指摘する。台湾と中国における、腎不全と腎臓癌の患者の研究は、両国の数千万人がアリストロキア酸腎症のリスクをかかえていることを示した。

遺伝的にアリストロキアの影響を受けやすい人々は、アリストロキアを使うと、アリストロキアに含まれる化合物アリストラクタムと、腎臓組織のDNA付加体を形成する可能性がある。これらの付加体は、腫瘍抑制遺伝子TP53に突然変異を起こし、腎臓障害へのプロセスを起動する。追加研究で、このプロセスは肝臓や膀胱に癌の発達にもつながる可能性があることが示されている。

MarcusとGrollmanは「他のハーブ薬品や伝統薬品により、アフリカやアジアでの重篤な有害事象が起きているが、これらの症例では疫学データがない」と言っている。

アリストロキアはハーブレメディは2000年以上にわたって使われてきたが、「主としてハーブ使用と発症の間の潜伏期間が長いことと、ハーブ使用者の約5%のみが遺伝的に影響を受けやすいことが、内在する毒性が認識されなかった理由だ」という。

大半の発癌物質と多くの毒物は、発症するまでに長い時間を要する。数か月から数年前に使っていた場合、特定の化合物が病気の原因であることを特定することは、素人にとっても専門家にとっても非常に困難である。

「アリストロキアの歴史は、長きにわたって使われてきた他のハーブも有毒だったり、発癌物質だったりする可能性があることを示唆している。多くのハーブが人間の健康に問題を起こす毒物あるいは発癌物質を含んでいる可能性があると仮定するのが、堅実だ」と著者たちは言う。

「アリストロキアがそうであるように、ハーブレメディの効果を支持する科学的証拠がないことや、有害事象があることに言及することなく、伝統薬品は性質が実証されているという命題のもとで」伝統的ハーブレメディを推奨する世界保健機関(WHO)には、MarcusとGrollmanは同意しない。

著者たちは、「主たる関心はハーブ薬品の使用に伴う有害事象の防止にあり、伝統医薬品全般の否定ではない。世界の医薬関係者には、世界的に使われている植物製品の長期及び短期の安全性と有効性の評価を行ってほしい」ことを強調した。

なお、著者たちは利益相反はないと宣誓している。

  • A. P. Grollman, D. M. Marcus. Global hazards of herbal remedies: lessons from Aristolochia: The lesson from the health hazards of Aristolochia should lead to more research into the safety and efficacy of medicinal plants. EMBO reports, 2016; 17 (5): 619 DOI: 10.15252/embr.201642375


[Herbal remedies are an overlooked global health hazard (2016/05/02) on Baylor College of Medicine, also on ScienceDaily]
なお、英語圏だと"Herbal remedy"という記述されるものには、漢方薬も含まる。以前、Jin Bu Huan(鎮痛錠剤)による死亡事例Huo Luo Jing Dan(活絡金丹)による死亡事例を取り上げたように、ハーブ製品として流通している(医薬品として法規制のもとで管理されることがない)漢方薬で死亡する場合がある。
posted by Kumicit at 2016/05/30 07:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | Quackery | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/05/08

メモ「メスメリズムで死人が蘇生すると書いてたHahnemann」

ホメオパシーの始祖Samuel Hahnemannは、晩年、メスメリズムを信じるようになったらしい。彼の著書Organonの第5版になかったメスメリズムへの言及が第6版に登場している。
[Samuel Hahnemann: "Organon", § 288 Sixth Edition (via Quackometer)]

I find it yet necessary to allude here to animal magnetism, as it is termed, or rather Mesmerism (as it should be called in deference to Mesmer, its first founder) which differs so much in its nature from all other therapeutic agents. This curative force, often so stupidly denied and disdained for a century, acts in different ways. It is a marvellous, priceless gift of God to mankind by means of which the strong will of a well intentioned person upon a sick one by contact and even without this and even at some distance, can bring the vital energy of the healthy mesmerizer endowed with this power into another person dynamically (just as one of the poles of a powerful magnetic rod upon a bar of steel).

(創始者メスマーに敬意を表して)メスメリズムという用語で呼ばれる動物磁気について、ここで触れておく必要があるだろう。これは他の全ての治療手段と、その性質が大きく異なっている。過去一世紀にわたり、しばしば愚かにも否定され、軽蔑されてきた、この治療力は異なる方法で働く。それは、神から人類への素晴らしく貴重な贈り物である。患者に対して善意を持つ人物の強い意志が、接触によって、これがなくても、ある程度離れていても、健康なメスメライザーのバイタルエネルギーを、この力とともに、(鉄の棒のパワフルな磁気ロッドの一方の極のように)他の人物にダイナミックに与えることができる。
さらに、もわっとメスメリズムを取り入れるだけでなく、「そこそこの時間、見た目に死んでいる状態だった人物を蘇生させる」力があるとまで、Hahnemannは描いている。。
The effect of communicated human power upon the whole human organism was most brilliantly shown, in the resuscitation of persons who had lain some time apparently dead, by the most powerful sympathetic will of a man in full vigor of vital energy, and of this kind of resurrection history records many undeniable examples.

ある程度の時間、見た目に死んでいる状態の人物が、バイタルエネルギーに満ち溢れた人の最もパワフルで共感する意思によって、蘇生した事実によって、コミュニケートされた人間のパワーの、人間の全身に対する効果は、鮮やかに示される。そして、この種の蘇生の歴史は、否定できない多くの例を記録している。

[Samuel Hahnemann: "Organon", § 288 Sixth Edition (via Quackometer)]
かなりトンデモ耐性弱かったのかも?
posted by Kumicit at 2016/05/08 11:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | Quackery | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/05/05

メモ「ホメオパシーとデュナミスの関連調査中...」

ホメオパシーの始祖Samuel Hahnemannを肯定的にとらえていたMartin Gumpert (1945)によれば、ホメオパシーが呪術とみなされないように、HahnemannはSchellingのDynamis(デュナミス)の概念を使った。そして、その過程で、物質を無限に希釈できて、それにより物質はより純粋になるという考えを、Schellingから取り込んだという。

Hahnemann saw things with an independent, timeless eye, but he was forced to speak and express himself in the language spoken by all those around him. A vast number of most necessary physical and physiological conceptions were still lacking. The law of the "conservation of energy" had not yet come into existence. Thus Hahnemann was compelled to take over the conception of the "dynamic" from the highly suspect natural philosophers, in order to avoid the danger that the increased effects he had observed in his homeopathic medicine would be classed as mere magic. The first revealed facts of colloidal chemistry were thus veiled in the cloud-high abstractions of Schelling, the "philosopher of medicine." The "dynamic" idea, premising a strange, immaterial, "spirit-like" function, satisfied a medical science which was beginning to turn away in ... from the humoral pathologists' "atomic" material world of ideas.

ハーネマンは物事を、独立した時間を超えた目でみていたが、彼の周りにいる人々の話す言語で、自らを表現せざるを得なかった。物理学及び生理学の多くの概念は、まだなかった。エネルギー保存則もなかった。したがって、ハーネマンは、ホメオパシー薬剤について観察できた増大する効果をただの呪術だと見なされないために、疑いを持っている自然哲学者の概念用語「ダイナミック」を流用するしかなかった。したがって、コロイド化学の事実は、まず、医学哲学者シェリングの高度な抽象化で隠さなければならなかった。奇妙で非物質的でスピリットライクな機能である「ダイナミック」という考えは、[血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁の4種類を人間の基本体液とする]体液病理学者たちのアトミックな物質世界という考えから、転換を始めていた医学を満足させた。

Hahnemann already knew that "although theories may imagine that they can observe a weakening of the action of a dose of medicine by its dilution with a large quantity of liquid, experience asserts exactly the opposite, at all events in the homeopathic employment of medicines."

Schelling taught the infinite divisibility of matter. The more unsubstantial the matter became by dilution, the purer and more effective could be its "spirit-like" and "dynamic" functions. Hahnemann discovered the increased power of shaken or grated medicines, which constitute the basis of homeopathic preparations;

ハーネマンは既に「大量の液体で希釈した薬剤摂取の効果が弱くなることが観察できると理論は想定していたが、ホメオパシーを採用した医療での事象すべてで、真逆であることを実験は示していた。」

シェリングは物質の無限分割可能性を教えていた。物質はその実態を希釈によって失うほど、より純粋で影響力が強くなるのは、そのスピリットライクでダイナミックな機能によるものだ。ハーネマンは、シェイクした薬剤のパワーが増大することを発見し、これがホメオパシーレメディの基礎的構成要素となった。

[Martin Gumpert: "Hahnemann: The Adventurous Career of a Medical Rebel", p.147, 1945]
Hahnemannは、その時代の医学とは折り合いを付けて、ホメオパシーを語ろうとしていたといのうが、Matrin Gumpertの主張。Hahnemannが医学教育を受けた時代は、まだ生気論も健在だった。細菌が病気を起こすことや、ウィルスの存在や、進化論の登場は、Hahnemannの死後。ドイツ観念論の3人の有力な思索家の一人であるFriedrich Wilhelm Joseph von Schelingのアイデアを使うことも、おかしなことではない。

ただし、Hahnemannの後継者たちは、Hahnemannの生きていた19世紀前半の生物学・医学の世界から前へは進まなかった。かつては時代の生物学・医学から大きくは離れていなかった場所が、オカルト世界に分類される領域になり、結果として、後継者たちは、オカルト世界の住人になってしまったようである。
posted by Kumicit at 2016/05/05 11:44 | Comment(1) | TrackBack(0) | Quackery | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016/04/24

メモ「危機的状況化での非難の政治力学」

危機管理辞典」から「危機的状況化での非難の政治力学」の項目。





現象が自然であれ、人間によるものであれ、人間の本性は、その現象の背後に意味を求める。自然災害のような、いわゆる神の仕業も、リスクアセスメントと危機対応計画によって、被害を防止あるいは緩和できた可能性がある。政治的責任の非難ゲーム(blame game)は、報道機関や議会や捜査機関やパブリックフォーラムやソーシャルメディアなどを巻き込むパブリックプロセスである。現代メディアの勃興は、救援・非難・説明責任についての国民の要求に対処する、政治的圧力を燃え上がらせるようになった。非難は危機を乗り越えるのに必要な機能だが、防御的なネガティブな組織的反応や、責任回避や、非難ゲームは、政府や機関の評判を落とし、効果的危機管理の妨げとなる。

被災者たちや一般大衆は、危機の影響のもとで、答えを探す。非難のアサインメントは災害に意味を与える。自然災害あるいは環境ハザードに脆弱な地域の住民は、安全性と収益性を均衡させているわけではなく、技術的発展は、より大きな便益と破滅的失敗のリスクをセットで提供する。危機の状況に置かれたことで、もっともよく生じる疑問は、危機の性質(何が起きて、どのように起きたのか)と、危機の理由(なぜ起きたのか、防止できたのか)である。

危機が予防可能だと考えられる場合、次の論理的疑問は、誰が危機の予防の失敗の責任者なのかである。これらの疑問に答え、非難をアサインメントることが、災害に意味を与える。自然災害や作物の不作や感染症パンデミックや飢餓などの危機に対する、歴史的説明は宗教を基礎とすることが多かった。非難は、魔法や呪術や魔力への告発や、人間の過ちに対する神の怒り(天罰)の形をとり、悔悛や信仰強化を求める。

現代では、自然災害についての非難は、災害を防止・予知・緩和できなかった人的要因に向けられる。たとえば、非難をアサインメントようとする者たちは、住民が脆弱な地域に住んでいた理由や、政治家や住民が科学的警告に注意を払わなかった理由を問う。化学物質や原油漏れとか、橋梁やビルの崩壊とか、原子力事故などの技術的災害では、操作ミスに関心が集まる。

危機が予防あるいは緩和できたと判断され、必要な対策方法が予めわかっていながら、対策がとられておらず、それが不作為であるとき、現代における非難のアサインメントが特に起きる。非難の必要性は、危機おいて死者が出ている場合にも高まる。スケープゴーティングにより、選ばれた個人やグループや組織に対して、不当なレベルの非難がなされる。スケープゴーティングの心理的動機は、自分の責任あるいは罪を最小化の必要性と、コントロール感の維持の必要性のためである。スケープゴートは政治的都合でも選ばれる。

マスメディアの時代では、非難の政治力学の中で、情報の流れが重油な問題として出現する。メディアを忌避することは、より困難で、効果が小さい。FacebookやYouTubeやTwitterなどのソーシャルメディアや電子メディアの勃興は、危機報告のスピードと範囲を増大させた。被害と苦闘する被災者の鮮やかな映像は、救援・非難・説明責任についての国民の要求に対処する、政治的圧力を増大させる。センセーショナリズムと誤報と、高視聴率に必要な視聴者の興味を惹く、非難ゲームのような対立を煽る記事へのバイアスによって、報道記事は、パブリック非難ゲームを燃え上がらせる。ポジティブな面では、政府や組織はメディアを使って、危機事前対策や、政治的非難ゲームのネガティブな面に対応できる問題解決行動などの情報を広報できる。

非難の政治的利用とその影響

政府の支出の増加あるいは減少や、規模、規制あるいは災害救援の役割や、自助努力の増大や、政府援助依存の削減などの政治課題推進のために、まずい危機管理に対する非難を使う。過剰な計画や官僚機構や必要書類が、不十分で遅い政府の危機対応の原因だと非難される。選挙の年と、災害宣言や救援資金の配分との統計的相関は、危機管理の政治性の一つの例である。

危機あるいは失敗した危機管理への非難は、歴史修正主義や事実歪曲などを含む、普遍的な政治の道具である。政治家とその有権者たちは、経済成長や雇用創出や予算削減や赤字削減など、直近の課題に集中する傾向がある。危機対策計画と緩和策は無視されたり、後回しにされたりする。課題あるいは過小な計画や、政府機関の間の調整不足や、資金不足や、資金配分の誤りや、政治的意思の欠如や、政治指導力の不足や、イノベーションの不足などが、危機対策準備を阻害する。

政府には市民を内部及び外部の脅威から守る義務があるという普遍的な心情が、政治的非難の背後に、もう一つの重要な面である。政府援助への依存度の高まりは、一般市民たちの危機への準備の怠りにつながることを、多くの観察者たちが見てきた。援助がないか、到着が遅いと、政府機関あるいは政府高官への非難が高まる。ボランティアや宗教や企業団体のような非政府組織(NGO)は、官僚機構の制約が小さく、援助受益者の書類作成が不要あるいは簡単に済むので、多くの場合、より迅速に危機援助と復旧支援を行える。NGOは、しかし、非難の政治力学の影響と、その危機管理への影響を受けないわけではない。

ハリケーンカトリナとそのメキシコ湾岸地域とニューオーリンズへの損害に対する、米国政府の対応は、非難の政治力学の代表例である。米国に負える災害救援の現代政治化は、20世紀後半に始まった。フランクリン・ルーズベルト政権のニューディール政策のもとにあった1930年代の大恐慌の時代に、一般市民は連邦政府に援助を求めるようになった。かつては、災害援助は地方公共団体や州政府や民間団体が行っていた。ドワイト・アイゼンハワー政権は、連邦政府の援助を受けられる被災地域大統領指定を最初に実施した。連邦政府の援助プロセスは、さらに、ジミー・カーター政権のもとでの、1979年のFEMA(連邦危機管理庁)の設立で、組織化と政治家が進んだ。

ハリケーンカトリナ通過後の被災状況のもと、広範囲に広がる略奪や暴力やレイプのセンセーショナルな報道が、軍および治安要員は、危険地帯とされる領域の迂回あるいは注意深く立ち入らなければならなくなり、救援や援助を遅らせることになった。後に、これらの報道の大半が間違っていることが明らかになった。州政府及び地方公共団体との調整がなされず、情報不足や不正確な情報のために、そして援助のための過剰な書類作成のために、FEMAの対応は遅滞した。

うまくいかない危機管理と非難ゲームを燃え上がらせた政治的問題が、国際援助コミュニティでも働く。多くの発展途上国や破綻国家では、効果的な危機管理を行うための、十分なリソースやインフラストラクチャーを欠いており、国民は脆弱な居住環境にある。国際的危機援助の政治的動機には、国際危機の、潜在的な国家安全保障と国際友好の維持への影響がある。先進国と危機援助機関は、対処と遅れを非難され、財政危機にある政府からは援助物資輸送を望まれず、問題が圧倒的なものになるまで、民族浄化や飢饉のような危機を無視し、特に長期復旧のための緩和や計画や不適得な資金援助よりも、危機そのものの対応に集中する。

非難の殺到のネガティブな帰結

非難の殺到と、その殺到に対処しようとする組織的反応が、組織と被災者の両方にネガティブな影響を及ぼすことが多い。政府及び組織の危機管理戦略は、非難を悪化させる傾向がある。非難の政治力学で重要な役割を果たす、危機への逆効果な組織的対応は、世界のあらゆる種類の組織で見られる。組織は危機の状況で防御的メンタリティを採用することが多いが、それは報道機関の注視と国民からの非難を避け、非難の矛先をどこか別のところへ向けたいという欲求を高める。防御的スタンスは、危機における組織の役割を誠実に分析するよりも、正当化の認識を強化してしまい、国民からは組織的責任の回避を行い、被災者に対して無頓着であるように見られてしまう。

多くの組織は報道機関との接触を避けようとし、組織内部で危機状況を操作しようとするが、そのようなアプローチは、意図しないネガティブな結果を招きかねない。誤報や不作為は、偶発的でも意図的でも、報道機関及びソーシャルメディア内に、ネガティブな広報を創り出す。非難ゲームは、危機の途中及び危機後の組織的広報における、仮定や、意図せざる誤報や、過大に楽観的あるいは悲観的な声明や、全くの嘘などによって、燃え上がる。

特定のスケープゴートに集中する非難は、危機的状況につながったイベントの連鎖の複雑さを無視している。非難ゲームは、必要な危機救援や復旧作業から注意を遠ざけることになり、それはタイムリーな対応が必要な危機直後において、特に有害である。最終的に、非難のアサインメントによって、危機の原因の正確な特定と対策に使われるべきリソースが別のことに使われ、危機に対する組織的ソリューションと危機の影響緩和と将来の同様の危機防止から、組織とメディアと国民の関心をそらすことになる。

非難の政治力学は、政府の危機管理オペレーション、特に公的セクター内のオペレーションに強く影響を与える。政府機関は、オープンで徹底した調査と、関連団体と要因の特定と、対策アクションを通して、非難アセスメントに能動的に対応して、国民の期待を管理しなければならない。非難の後の信頼の回復を急ぐ中で、多くの政府や組織は、ムダあるいは詐欺的な利用を抑止する適切なプロセスの確立することなく、危機援助資金のばらまきを急ぐ傾向がある。長期的には、非難の回避や防御は、組織の国民的評判を落とすことにつながる。

事態を悪化させる行動傾向について熟知している組織は、そのような行動について警戒を怠らず、したがって、いわゆる非難ゲームの拡大を最小化できる。非難ゲームのネガティブな影響を緩和する要素には多くのものがある。オープンかつ誠実に危機とその影響と、いかなる個人あるいは組織の責任を認めることと、緩和行動により、スケープゴーティングや非難アサインメントを求める国民の欲求を軽減できる。直近の救済と復旧へ集中することは、国民的及び政治的信用を維持することに資するが、いずれ長期的な危機後のアセスメントプロセスで事実が明らかされてしまう。非難プロセスと懲罰的手段におり、政府や組織は危機から通常オペレーションに復帰し、国民の信頼を取り戻す。スケープゴートにされた個人は配置転換されたり、解雇されたりして、正しい役割からはずされることが多い。実際には責任がないか、あったとしても部分的なものだと信じている組織や、将来の訴訟の弱点となるような過失責任を認める声明を出すのを避けたい組織であっても、そのような予防的手段は役に立つ。危機状況における政治的及び感情的性質を熟知していることで、非難したいという人間の傾向のネガティブな影響を削減できるだろう。

[Marcella Bush Trevino (Barry University): "Politics of Blame" in K. Bradley Penuel, Matt Statler, Ryan Hagen:"Encyclopedia of Crisis Management" (2013)]
posted by Kumicit at 2016/04/24 14:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | Earthquake | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする